第61話 失恋
ワンニャンルーム
現地販売会。もとい、三条君リハーサル会場。
「好きです! 付き合ってください!……どうっすか?」
三条君がビラを持った片手を差し出して、頭を下げた。
ころん。
どこからか飛んできた蝉が、アスファルトに転がる。
「んーっ。もうちょっと……かな?」
桜藍は紙を受け取って、困った顔をした。
「思った以上に不器用だね。三条君」
俺は両手をあげた。
「だって、さっき山路さんが『心がこもってない』って言ったからじゃないですか」
三条君は不満そうに言った。
「だからって今のはないでしょ。逆にわざとらしいよ」
すると、桜藍が声を上げた。
「春馬さん。紙に『好きです』と書いてあります。本気が伝わってきますよ?」
困ったな。高評価だ。
桜藍は、甘すぎてこういうのには向いてない。
もっといいアドバイザーはいないかな。
すると、桜藍はスマホをいじりだした。
「こうしていても分からないし、亜梨沙さんに聞いてみましょう!」
あっ、桜藍と亜梨沙ってLINEを交換してるんだっけ。止める間もなく送っていた。
「あれぇ、いつもすぐに返事がくるのになぁ」
桜藍が首を傾げる。
むしろ、『いつも』亜梨沙と何を話してるかの方が気になるのだが。
カコンッ。
三条君とテーブルに座って、缶コーヒーを飲む。
桜藍は少し離れた場所で、野良猫の写真をとっている。俺は桜藍の方を眺めながら、缶コーヒーをブラブラさせた。
「それにしても、三条君が連絡してきたときには驚いたよ。いきなり『告白してフラれました』だもんな」
三条君は不満そうな顔をした。
「いや、山路さんも『いけると思う』って言ったじゃないですか」
三条君はコーヒーを飲み干した。
空き缶をテーブルにおいた時の三条君の指。
人差し指の薄皮がめくれていた。
「そりゃあ、嫌われてはいないだろうし。でも、あれはないでしょ」
「善は急げっていうじゃないっすか?」
「で、実際には?」
「空気感の演出でセックスしようとしたら、拒否されたっす。で、ヤバいって思って、あせって告白したら亜梨沙に『バカじゃないの』って言われました」
「ほんと、バカだよ」
「山路さん、知らないっすか? セックス中はドーパミンっていう快感物質が出るっす。つまり、それを利用するのは合理的っす」
「バカな上に小狡い。まぁ、ああいう子は意外と直球に弱そうだよな」
「なら、さっきのラブレター手渡し作戦で」
「あくまで『初回』ならな。だって山路くん、もう2度もフラれてるんでしょ?」
「はい。帰れって言われたから、また告白したら『シネ』って言われました」
「俺も亜梨沙と同意見」
「ひどいっす。俺の味方は桜藍ちゃんだけっす」
すると、桜藍が戻ってきた。
「春馬さん、ニャンコ、すごく可愛いです。写真をとろうとすると前足を揃えてくれるんです」
『猫は四六時中、前足を揃えている』と言おうとしたが、俺は言葉を飲み込んだ。
「あっ、亜梨沙さんから返信来ましたよ」
俺と三条君は顔を見合わせた。
「んで、なんて?」
ごくり。
三条君の喉が動いた。
桜藍はスマホを見せてくれた。
「『あいつバカだから無理』ってLINEきました」
♦︎
「山路さん、道路から湯気があがってるっす」
アスファルトに焼かれた景色がゆらり。
俺と三条君は、アルミのテーブルに顔をくっつけて、それを眺めていた。
「あれはまさしく蜃気楼。都会のロマン」
「さっきお天気アプリに赤い字で『40℃』って出ましたけど。それも蜃気楼っすか? つか、桜藍ちゃん、大丈夫っすかね?」
「まぁ、ここにいて熱中症になられるよりは」
桜藍には亜梨沙の部屋に行ってもらった。
「はぁ、俺、まじでダメなんすかね」
三条君は頭をこっちに向けた。
「あっ……」
「なんすか?」
「なんでもない」
後頭部に白い粒がいくつか。
三条君は、円形脱毛症になっていた。
ジー、ジー。
蝉の声。
浮き輪をもった子供達が、わぁわぁ騒ぎながら通り過ぎた。
「あれっ、この前の不動産屋さん」
聞いたことあるような、ないような声。
俺は顔をあげた。
すると、この前、内見してくれた女性客だった。今日は子供は連れていない。
「あれっ、この前の。お仕事中ですか?」
「ううん。今日は夜勤明けだから。実家に娘を迎えにきたの」
三条君が耳打ちしてきた。
「山路さんっ。この知的な美人さんは誰っすか?」
女性は会釈した。
「わたし、相模千晴っていいます。勤務医してます」
この前よりも、さらに気さくな雰囲気だ。
それにしても医師?
きっと全額ローンでもいける。完璧属性じゃん。
「あっ、俺は三条天音っていいます。ここの山路さんとワンニャンルームが売れなくて困ってる者っす。……絶賛、失恋中っす」
「へぇ。お話、聞かせてよ」
千晴さんは、今は時間があるらしい。そう言うと、椅子に座った。
大人の女性だ。
もしかすると、相談相手にはうってつけかも知れない。
俺は事情を説明することにした。
千晴さんは何度も頷きなら、ちゃかさずに聞いてくれた。
「なるほど。セフレって……子持ち30代には分からない感覚だわ」
千晴さんは三条君をチラッと見て、話を続けた。
「まぁ、イケメンだもんね。実はね、山路さんのアドバイスのおかげで、前の家の借り手が見つかったの」
「えっ、じゃあ」
ここに来て、ワンニャンルーム完売か?
「でも、なにせ大きな買い物でしょ? 少し迷ってるの。まぁ、考えて正解が出る類のことではないのかも知れないけれど。ねぇ、三条君、君、その子のこと本気なの?」
「マジっす」
千晴さんの視線が、三条君の後頭部で止まる。
「……真剣なんだね」
パンッ。
千晴さんは手を叩いた。
「よし、決めたっ。私も三条君の頑張りにかけるよ。3度目の告白がうまくいったら買うことにしようかな。私、こういうのは縁起を担ぐようにしてるの」
千晴さんは、そう言って微笑んだ。
「……は!?」
俺と三条君は顔を見合わせた。
前向きなのは嬉しいが、脈略がなさすぎる。
それに縁起もなにも、すでに2回フラれてるんですが。
既に縁起が悪いです。




