第6話 面接
目の前には杉山。
その横には女性が座っていて、PCに何かを入力している。眼鏡をかけていて背筋がピンとした優秀そうな女性。
秘書だろうか。
映画の一場面みたいだ。
設立数年で年商数百億を達成するような会社だ。きっと、優秀な人たちだらけなのだろう。
「そちらに座ってください」
杉山の声に、俺は従った。
俺は大学2年の時、杉山と同じゼミだった。杉山は真面目だが要領が悪くて、——俺は内心で、そんな杉山を見下していた。
杉山は華奢だ。身長も大きくない。
でも今の俺には、杉山が大きく見える。
ごくり。
心拍数が上がっていく。
バンッ。
杉山が机を叩いた。
俺は身体がビクッとした。
前の会社の上司も、よく机を叩いた。
「ねぇ。山路君。自己紹介は? 君は何をしにここにきてるんですか?」
抑揚がない口調。
杉山が何かを話すたびに、息苦しくなる。
「ええと、山路春馬と言います。前の会社はヘルスケア関係でして」
「関係? 曖昧だなぁ。そもそも、まだ入って数年の会社ですよね? なんでやめたんですか?」
「いや、その。それはブラック企業でして」
「あぁ、君はそうやって周りのせいにするタイプですか。社長から聞いてると思うけれど、うちの会社も相当にキツいよ? 大丈夫なんですか?」
「そ、それはもう。粉骨砕身ってやつでして」
「ありきたりだねぇ。もう少し期待していたのだけれど」
杉山の眉が歪む。
「すいません」
「あのね。君は謝りにきたの? 言いたいことは、ハッキリ言わないと伝わらないよ?」
♦︎
——『なぁ、杉山。好きな子がいるなら、ハッキリ伝えないと、何も伝わらないぜ?』
これは、大学時代に俺が杉山に言った言葉だ。
当時、杉山は同じゼミに好きな子がいた。でも、オドオドして、その子とまともに話すらできていなかった。そんな彼に、俺は今の言葉を投げかけたのだ。
その頃の俺は、柚子と付き合いはじめたばかりで、浮かれていた。
今の俺には分かる。
あの時の俺の言葉は、親切心でもアドバイスでもない。……ただの意地の悪いマウント。
「はぁ」
杉山がため息をついた。
俺を見透かすような視線。
「ねぇ、山路君。聞いてる? 黙っていたら何もはじまらないよ?」
「……」
「あー、もういいです。次の予定もあるので。結果は追って伝えますので。お引き取りください。本日はありがとうございました」
苛々している。
今日、初めての杉山の感情。
これは、落ちたわ。
「ありがとうございました」
そう言いながら、どこか他人事だった。
すると、杉山が言った。
「あー、あと一つだけ。君、他の会社も受けるんでしょ? だったら、シャツのアイロンくらいちゃんとかけた方がいいよ? 不慣れなアイロンだと、もたないんだよね」
その言葉で、俺は脳に血液がなだれ込んでくるのを感じた。
俺はまた逃げ出そうとしていた。
1人ならそれでもいい。
でも、いまは違う。
桜藍が、妹がいる。
「すいません。あと少しだけ」
「なに?」
杉山の目を見た。
「俺、家族を養わないといけないんです。妹には俺しかいないんです。だから、俺は根性なくてダサいけど。会社の理念に共感したとかカッコいいこと言えないけれど」
俺は深く頭を下げた。
すぐ目の前に、机の木目が見える。
「絶対に最後まで逃げ出しませんので。だから、俺をここで働かせてください」
すると、隣の女性が口を開いた。
「どんな部署でも不満は言いませんか?」
「金がもらえて、合法な仕事なら」
杉山はメガネを胸ポケットに入れた。
「……分かりました。今日のところはお帰りください。結果は後日連絡しますので」
ヒュオ。
ビルから出ると、風が吹き抜けた。
スマホを見ると、桜藍からメッセージが入っていた。
「春馬さんなら大丈夫です!」
ごめん、大丈夫じゃなさそう。
そういえば、弁当。
俺は、近くの公園のベンチに座った。
ピンクの巾着をあけて、弁当箱を取り出す。
蓋を開けると、ピンクのハートが描いてあった。
「ったく。兄貴にハートなんて使っちゃダメだろ。玉子焼き、なんか形が崩れてるし」
でも、見た目は悪いけれど。
桜藍の弁当は、すごくうまかった。
コポコポ。
水筒には熱いお茶。
ベンチに水筒を置いた。
「……ダメだろうな」
俺は、蓋に残ったお茶を飲み干した。
「帰ったら、面接のことを桜藍にちゃんと話そう」




