第59話 対面
「ただいま」
玄関ドアを開けると、桜藍が出迎えてくれた。
白いニットにピンクのエプロン。
……甘い醤油の匂い。
「おかえりなさい。あっ。三条さん。はじめましてです。大したものはできないけど、お夕食たべていってください」
桜藍は頭を下げると、キッチンに行った。
三条君が俺のワイシャツを引っ張った。
「可愛いとは聞いてたけれど、ははっ……すげーっすね」
「いや、普通でしょ」
「あれが普通って。嫌味になるから、他では言わない方がいいっすよ」
「あぁ、なんかごめん」
「まぁ、俺は元気っす! 桜藍ちゃんの前で鬱な話できないっすし。切り替えの早さが取り柄っす」
ほんと、そういうの羨ましいよ。
「さて。もう桜藍にも会ったことだし、三条君は帰ろうか?」
俺は三条君の肩を押した。
「帰らないっすよ! 桜藍ちゃんの手料理たべるっす!」
♦︎
「俺まで風呂借りちゃってすいません」
三条君はバスタオルで髪をふいている。
「パパのシャツで大丈夫だったみたいで良かったです」
桜藍は笑った。
桜藍、父さんのシャツ貸すのか。
テーブルに座ると、桜藍が料理を持ってきてくれた。魚の煮付けと煮物だ。日に日に料理が上達している。
一通りならべると、桜藍は俺の正面に座った。
俺は三条君の方を見た。
(頼むから余計なことは言ってくれるなよ)
俺と目が合うと、三条君はサムズアップをした。
「はぁ」
なんだか、ため息が出た。
「魚、マジうまいです! この味噌汁もさいこー!」
三条君はすごい勢いで食べている。
「亜梨沙……新垣さんだって、料理うまいじゃん」
タンッ。
桜藍がグラスを置く音。
「んっ、なんでもないですよ?」
俺と目が合うと、桜藍は微笑んだ。
「おれ、あいつに料理作ってもらったことないんですよ」
三条君は、ご飯をかっ込むと味噌汁で流し込んだ。
「えっ、なんで? 2人は付き合って長いんだろ?」
「2年くらいっすかね。いや、あいつの家きたねーし」
すると桜藍。
「家で会う時は、どうしてたんですか?」
つぶらな瞳が眩しい。
「そりゃあ、やることやって」
「やること?」
パシッ。
俺は三条君の脇腹を叩いた。
「ええと、将棋とか……っすね」
「三条君、将棋するの?」
初めて聞いた話だ。
「するっすよ。これでもガキの頃は、神童とかいわれて、近所の将棋クラブでジジババを総なめにしたんですよ!」
「あっ、春馬くん。日本酒あったよね。持ってくるね」
(なんで『春馬くん?』)
「えっ。……まぁ、いいか」
桜藍は日本酒とお猪口をもってきた。
両手で小瓶をもって三条君と俺についでくれる。
「かーっ。やっぱ、日本人にはこれっすね!」」
三条君はお猪口を照明にかざした。
「それで、そんなに強かったのに、やめちゃったの?」
「まぁ、高い壁だったっすよ。奨励会で2段までいったっすけどね」
俺の言葉に、三条君は笑顔で返した。
「奨励会に入れただけでもすごいよ」
「いや、完敗っす。負けるたびに人格が否定されてる気がして、なんか自分が凡人って思い知らされるだけでした。でも……」
「でも?」
「亜梨沙に将棋を教えたことがあって。『すげーじゃん』って言ってくれて、あれはマジで嬉しかった」
三条君は笑った。
「そか」
俺は日本酒を口に含んだ。
東北の酒蔵で作られた辛口の酒だ。
一口ごとに、樽のような香りが鼻に抜ける。
三条君も一口飲む。
顔がほんのり赤い。
「それで、ぶっちゃけ2人は付き合ってるんですよね?」
三条君は俺ら2人を交互に見た。
「いや……」
「違いますっ。春馬くんは、お兄さんだし。人として尊敬できてるっていうか」
桜藍が言葉をかぶせた。
そっか。そうだよな。
分かりきったことなのに、少しだけ虚しい。
「でも、三条さん、亜梨沙さんの話をしてると嬉しそう」
「最初は、将棋教えるの断ったんだけどね。駒に触るのもイヤだったし。でもアイツ、しつこくて」
「ワンニャンの時も、三条君、新垣さんに優しかったもんな」
三条君は答えずに、首筋をさすった。
コトコトコト。
小鍋で徳利が揺れている。
「あぅ。熱燗なのに沸騰させちゃった。あっつ、春馬くん、手伝って欲しいです」
桜藍は耳たぶを触った。
「本当に耳たぶ触る人いるんだな」
「春馬くんって、たまに意地悪です」
桜藍が頬を膨らませた。
三条君はじーっと俺たちを眺めて。
グイッとお猪口を煽った。




