第58話 嫉妬
オフィスに戻ると、三条君は居なかった。デスクの上には鞄が放り投げられていて、横のゴミ箱は変形していた。
三条君を探してウロウロしていると、高橋さんに話しかけられた。
「三条君、荒れてたけれど何かあったの?」
「ちょっと色々あって」
亜梨沙、泣いてた。
このままになんてできない。
「ふぅん。喫煙所の方に行ったわよ。今頃、飛び降りてたりして。って、怖い顔しないでよ」
身体中の血が沸騰しそうになる。
死にたいのは亜梨沙の方だろ……!
俺は深呼吸した。
ガチャ。
重いスチールドアを開けて、外階段に出た。
バタバタと襟がなびく。
紺色の空とビーズみたいなビルの光。
三条君は、鉄格子の踊り場に座っていた。
彼の広い背中は大きいままだったけれど、少しだけ猫背だ。
俺は、彼の数段手前に座った。
「やっぱ、さっきのことだよな?」
「……」
ぶわっと、生ぬるい風が吹き上がってきた。
三条君の襟が、小刻みに揺れる。
「俺って、なんなんすかね。なんでいつもこうなのかなぁ」
三条君はくすんだ金髪を鷲掴みにした。
「……こうって?」
直後、俺は聞いたことを後悔した。
三条君の唇が歪んだ。
顎の筋肉が皮膚の下で何度か動く。
汗と香水がまざった匂い。
亜梨沙と同じ香水。
「なぁ、三条君。俺、新垣さんとはなんでもないから。その、……ヤッてないし」
俺、自分で追いかけてきたのに、なんで言い訳してるんだろう。
「今まさに、これからな所だったじゃないですか」
やっぱり覗かれてた。
「それは誤解というか」
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
三条君は、その場で地面を何度も踏みつけた。
その音のたびに、心の奥がゾワッとした。
「ヤッたかどうかなんてどうでもいいっす。それよりも、あの時の亜梨沙の顔。山路さんのこと真っ直ぐ見てた」
声が掠れている。
「そんなことないでしょ」
「もういいっす。へんだと思ったっすよ。最近、いきなり部屋を片付けてはじめたり、なんか勉強はじめたりとか」
勉強? そういえば、2、3冊、まんが三国志みたいなのあったけれど。
俺は三条君の正面に回り込む。
そして、肩を叩いた。
「三条君。ちゃんと亜梨沙と話してみたら?」
「そんなことしても、意味ないっすよ」
三条君が少しだけ顔を上げる。
隙間から俺を覗く瞳は、少し灰色がかっていた。
俺はこの目を知っている。
プープー。
下の道路で、誰かがクラクションを鳴らしている。
俺は頭をかいた。
「……とりあえず、飯でも食いにいくか?」
「桜藍ちゃんに会わせてよ。山路さんだけ亜梨沙と会ってるのに、不公平っす」
「三条君。桜藍にちょっかい出したら……」
三条君が顔を上げた。
白目が充血している。
「そんな元気ないっすよ」
柚子に振られて、俺。
どうしたんだっけ。
ヒュオ。
首元を風が抜けて、首にあたる刃物の感触が蘇った。
あぁ、そうか。
あの時、俺は——死のうとしたんだ。
だから、俺は答えた。
「……分かった」




