第57話 乱暴
「まぁ、普通に賢いだろ。亜梨沙」
「ありがとー。春馬っちだけだよ。あたしを見てくれようとするの」
玉ねぎの甘い匂い。
木ベラの柄が円を描く。
「小6の時に、両親が離婚してさ。あたしママと居たんだけど、中3の時、ママがいなくなった。はい。あたしの歴史は終わり〜」
亜梨沙はお皿をテーブルに置いた。
ひとつは亜梨沙ので、ひとつは俺の。
オムライス。
俺の方にはハートが描いてある。
「ねっ。早く食べて感想聞かせてよ」
俺はハートの真ん中にスプーンを立てて、トントンと整えると、真ん中のライスをすくった。
甘いトマトの味と、コゲの匂い。
「うまいよ」
亜梨沙は頷いてから、自分も食べ始めた。
「ねっ、あたしお酒飲んでいい? 春馬っちも飲む」
「あぁ。あっ、でも俺はやめとく。会社に戻らないとだし」
「えーっ。ノリわるいぃ」
プシュ。
亜梨沙がプルタブを開ける。
「ぷはぁー!」
缶をテーブルに置くと、亜梨沙はのけぞった。
「そういえば、亜梨沙って何歳なの?」
「21歳〜。女子高生に見えた?」
そう言うと亜梨沙はニヤニヤした。
「みえねーよ。俺と同じ20代じゃん」
亜梨沙は俺に箸の先を向けた。
「お前な。それ、指し箸っていってだな。ダメなんだぞ?」
「オッサンくさいー。あ、春馬っち、もうすぐ30歳だもんね? でもさ、知らなくたって仕方ないじゃん。あたしに教えてくれる人いなかったし」
俺はオムライスを口に入れた。
「あーあ。あたしが子供の頃に春馬っちがいたらなぁ。あのさ。聞いて欲しいことあるんだけど」
「ん、俺でいいなら」
「ママが出て行った時。あたしの横に、ママの男がいてさ。そしたら、ママが仕事終えて帰ってきて」
「それって」
「ママ、ひどいんだよ? 帰ってきて、あたし引っ叩かれて「お前が誘ったんだろ」だって」
亜梨沙は缶チューハイを飲み干した。
「あたし、あの目が忘れられなくてさ。今でも夢でみるし、ほんとウケるよね。でもさ、普通、娘の心配するでしょ? 娘が無理矢理やられたのに」
「……えっ?」
「要はママにとって、あの瞬間、あたしは娘じゃなくて、男を寝取った女になったんだろーね」
亜梨沙の諦めたような笑顔。
あぁ。
そういうことか。
いくら三条君でも、処女に気づかない訳はないと思ったんだ。
——亜梨沙、頑張ったんだ。
ごくっ。
俺は胸が震えたけれど、それを丸ごと飲み込んだ。
「春馬っち、なんか言ってよ。ドン引きされた?」
亜梨沙は空っぽの缶を逆さまにした。
「ひかないし。なんて言っていいか分からないけど、絶対に引いてない」
「そっかぁ。さすがオッサン。 ……まあ、そんなわけ。退院したら、叔父さんが心配して。この家を貸してくれたんだ」
「なぁ、亜梨沙」
「なに?」
「俺の娘になる?」
「はぁ? ならないし」
亜梨沙が俺に缶を投げつけた。
本当は色々してあげたいけれど。
俺には、それくらいしか思いつかなかった。




