第49話 後悔
「分かったよ。でも、妹が待ってるから、また今度な」
「うん」
寂しそうな亜梨沙を見ていると、自分の中が空っぽになった気がしまた。
「これ、家で食べなよ」
コンビニの前で、俺は大福と肉マンを渡した。
「なにこれ、丸いのばっかりだしー!」
両手で持って、亜梨沙はほっぺにくっつけた。
なんだか、自分の行動が照れくさい。
「ふふっ。惚れるなよ?」
「分かった。好きにならないように頑張る」
少しだけいつもより早口な亜梨沙の声。
笑顔で見送ってくれる亜梨沙を振り返りながら、俺はさっきの言葉を後悔した。
帰り道。
遅くなったときは、いつもコンビニで桜藍にお土産を買う。でも、今日は買わなかった。
家の前で時計を見た。
23:00。
(すっかり遅くなっちゃったな)
俺は玄関ドアを開けた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
パジャマ姿の桜藍が台所から走ってきた。
テーブルに座って一息つくと、出汁の匂いがしてきた。鍋で何か煮込んでいるらしい
俺は部屋に戻らずに、面談で気になっていたことを聞くことにした。
「桜藍。PTSDの病院いってみる?」
桜藍は少しだけ寂しそうな顔をした。
「わたし、ゆっくりでいいです。ゆっくり好きをためて、宝物がもっと増えてからがいいです」
「うん。何度もごめんな」
桜藍は首を横に振った。
「違くて。わたし、嬉しいんです。パパとママいなくて寂しいけれど、春馬さんがいてくれる。たくさん心配してくれる。いま、昔のことを思い出しても、たぶん、ただの空っぽだから」
ただの空っぽ……か。
「ご飯にしましょう」
桜藍がそう言うと、お皿を持ってきてくれた。
だし汁に浸かった餅巾着。
「おでんじゃん。珍しい」
「喜んでもらえました?」
しかも、俺の好きな餅巾着特化型。
「あぁ。コンビニのより断然に家おでんだよ」
「色々入れたから、お代わりは、お鍋から選んでください」
桜藍に鍋の蓋を開けてもらう。
「ママが、春馬さんは餅巾着が好きって言ってたから。沢山いれました」
たしかに、やたらと餅巾着が多い。
「餅巾着、すごい量だね」
桜藍は、ふふんと胸を張った。
「もはや、餅巾着の大群の中に他の具が入ってるイメージです。余っても、おでんって次の日の方がおいしいし」
「桜藍。ごめん、伝えてなかった俺が悪い」
「ど、どうしました?」
「たしかに、おでんの具は煮込むほどウマイ。だけれど、いくつか例外があってだな。餅巾着もそのひとつなんだ。すまん」
脳裏によぎるかつての大失敗。
「ええーっ。煮たらお餅は柔らかくなるんですよ?」
「だからだよ。極限まで柔らかくなって、ある時、中身の餅が忽然と姿を消す」
「どこに消えるの?」
桜藍の喉元が、こくりと動いた。
俺は両手をあげた。
「わはははっ。なんと鍋の底に張り付くのだっ」
「ひいぃ。お鍋から取れなくなるぅ」
俺と桜藍は、ひたすら餅巾着を食べることになった。
「でも、もぐ。おでん好きなんだ。ありがと。……もぐ」
俺が12個。桜藍が6個食べて、ようやく餅巾着がなくなった。
「結局、他の具を何も食べれませんでしたね」
「ごめんな。餅巾着の危険さを伝えてなかったから。あっ、あとで渡したいものがあるんだけど、部屋に行っていい?」
桜藍はあたふたした。
「あっ、はいっ。でも、優しくしてくださいね」
ん?
よく分からない反応だ。
「待ち合わせ23時55分でいい?」
「待ち合わせ? すごい細かい時間。分かりました」
「家の中なのに待ち合わせって変かな?」
「デートみたいで、わたしは好きですよ?」
桜藍は微笑んだ。
大急ぎで風呂から出ると、時間ギリギリだった。
桜藍の部屋の前に立つ。
時計を見ると、23時55分ジャストだった。
クンクン。
自分の胸元の匂いを嗅ぐ。
新品パジャマの良い匂いがした。
「前にバースデープレゼント渡さなかったし、喜んでくれるといいのだけれど」
同じ家なのに、俺は桜藍の部屋に入ったことが殆どない。
俺は息を止めた。
トントン。
ガチャ。
ドアが開く。
さらりとした銀色の髪が目に飛び込んできた。
「あのっ。こんばんは」
「ふふっ。いらっしゃい。この服、前に春馬さんに買ってもらったのです」
桜藍はロングスカートのワンピースに着替えていた。白いニット地に黒いリボン。
くるりと回ると、リボンが揺れる。
もう8月だから季節感はない。
でも、わざわざ着替えてくれたことが嬉しかった。
桜藍は頬を膨らませた。
「あーっ。春馬さんこの服のこと、忘れてるんでしょ?」
「いや、なんとなくは……」
「もうっ。春馬さん、わたしが試着すると、その服を全部かっちゃうから、そんなことになるんですよ?」
「ごめん、あの。俺もスーツ着てきた方が良かった?」
「春馬さんはそのままで。ところで、その袋はなんですか?」
俺は時計をみた。
23時59分。あと1分だ。
「……これ誕生日プレゼント。遅れちゃったけど」
大袋を渡すと、桜藍は両手で抱えた。
「開けていい? あっ、部屋に入ってください」
久しぶりの桜藍の部屋は。
少しだけ、物が増えてた。
前にあった写真立てはなくなっていて、モニタータイプのフォトフレームになっていた。
電源が切れているみたいで、画面が黒い。
桜藍はテーブルの前に両膝をつくと、ラッピングバッグから箱を出した。
「もし、期待はずれだったらごめんな」
三条君に相談したら、『これはないわー』と言われた逸品だ。
桜藍は箱からプレゼントを取り出した。
「なんか丸くて沢山穴が開いてる。これ、ロボット? よく分からないけど、ありがとうございますっ」
そもそも、品目を把握できてなさそう。
変わり種も良し悪しだ。
「いや、どういたしまして。部屋の電気を消していいかな?」
「はい」
桜藍は、電気のスイッチに触れた。
「あっ、あれっ」
うまくできなくて、何度も電気がついたり消えたりする。
数度目で部屋が暗くなると、俺はプレゼントをテーブルに置いた。
スイッチを押す。
すると、ブーンと音がして、天井に満点の星空が映し出された。
「わぁ。綺麗」
桜藍は夜空を見上げた。
「これ、ホームプラネタリウムなんだ。三条君にやめとけって言われたんだけど、俺はどうしてもこれをプレゼントしたくて」
桜藍が俺の腕に抱きついてきた。
「すっごいよ、流れ星もある!」
キラキラした目で星を見ている。
2人でベッドの横に座って見上げる。
「そういえば、どうして23:55の待ち合わせだったんですか?」
桜藍は首を傾げた。
「一緒に日を跨ぎたかった」
「……ありがとうございます」
桜藍は俺の服の袖に触れた。
無音で真っ暗。
心地いいのに、逃げ出したい。
「あっ、これ、日本以外の星空にもできるみたいよ」
桜藍が言った。
「わたし、フランスの夜空が見てみたいです」
サイドのボタンを押すと、夜空の雰囲気が変わった。
毛布を膝にかけて、また空を見上げる。
ベッドの背もたれが柔らかい。
「セーヌ川……。いつか一緒に見たいな」
桜藍はそう言うと、俺の肩にもたれかかってきた。桜藍の頬が、汗ばんだ俺の二の腕にくっつく。
「そうだな」
「川沿いは夜風が寒いから。抱きしめてください」
ゆっくりと肩に手を回す。
桜藍の肌に触れる寸前、指先が震えた。
何度かやり直して、ようやく肩を抱き寄せた。
そのまま1時間ほど、2人きりでいた。
そのうち2人の呼吸が重なって。
口が自然に動いた。
「桜藍の空っぽをうめたい」
「Je veux rester avec toi pour toujours.」
2人の言葉が交差した。
桜藍の外国語が微かに残る。
意味は分からないけれど、優しい響き。
「いまの英語?」
「フランス語……一度きりだから意味は内緒です。でも、春馬さんの言葉は、もう一度聞きたいよ」
桜藍は舌先をペロッと出した。




