第48話 きもち
ごくり。
唾を飲み込んだ。
「……」
一瞬、答えに迷った。
俺には亜梨沙の本音が分からなかった。
すると、亜梨沙が俺を優しく抱きしめた。
陰になって顔は見えない。
「春馬っちも、アタシを汚いって思う? アタシ1人だから」
「え?」
「アタシ、1人しか経験ないから。だから、憐れむような目でみないでよ」
背中に回された腕に力が入る。
亜梨沙は、嘘が嫌いだと言っていた。
本当に真っ直ぐだ。
微かに見える首元。
汗ばんでいて、震えている。
よく見れば、鎖骨だって震えている。
俺は亜梨沙の目を見た。
「ごめん、俺。大切に思ってる女の子がいてさ。だから、できない。ごめん」
亜梨沙の首元が何度も揺れる。
浅い呼吸音。
ゆっくりと、亜梨沙は身体を離した。
「そんな子いるって知らなくて。なんかごめん」
そう言って、また涙を拭う。
少しだけ見える口元は、必死に笑っていた。
汗と混ざった香水の匂い。
その心地よさが、少し怖かった。
「あーあ。春馬っちにもフラれちゃった。アタシ、その子が羨ましい」
ズズッ。
亜梨沙は俺のコーヒーを飲んだ。
「さっきのコーヒー大丈夫? 熱くない?」
「うん。ははっ。なんか気まずいね」
亜梨沙の部屋にはテレビがない。
冷蔵庫も静かで。
時計の音を聞くしかなかった。
パンッ。
亜梨沙は手を叩いた。
「春馬っちの好きな子の話、聞かせてよ」
♦︎
「ははっ。春馬っち、オッサンだし。相手が女子高生とか、マジでうけるんですけどー」
部屋に楽しげな声が響く。
「まぁな」
「春馬っち。ぶっちゃけ、その子のこと好きなの?」
答えようとすると、亜梨沙に口を塞がれた。
「やっぱいいや。春馬っち。たぶん、もう伝える機会ないから言うけど」
「何?」
「アタシ、何も想わない男にセックスしたいとか、絶対に言わないから」
そう言うと亜梨沙は上着に頭をつっこんだ。
「それって、告白?」
「嘘つきは嫌いだけど、春馬っちはもっと嫌いっ!」
でも、どこか楽しげな声。
それなら、小一時間ほど。
一緒に部屋を片付けた。
ゴミたちを片っ端から袋に突っ込む。
だけれど、亜梨沙が袋から色々と拾って眺めたりしていた。
「それ、捨てちゃまずかった?」
「これ、あーちゃんと出かけた時のレシート」
「ごめん」
「いいよ。とっておいても仕方ないし。結構、片付いたね。ありがとう。お礼に、何か作ろうか?」
亜梨沙は、どこからかヨレヨレのエプロンを引っ張り出した。
「掃除のお礼に、何か作ってあげるよ。ウチ、両親が離婚しててさ、一人暮らし長いから、料理には自信あるんだ!」
「いや、いいです」
「何? 遠慮?」
「違う。古いもの捨てたから、お前の家の冷蔵庫、空っぽじゃん!」
亜梨沙は笑った。
「お前さ。笑顔の方が数段可愛いぞ」
「……りがと」
結局は、一緒に近所のコンビニまでいって解散することにした。
オニギリコーナーで、並んで話す。
「んで、亜梨沙はどうしたいわけ?」
「自分でもわからんっ」
この子、サバサバしてるし、外観と中身にギャップがありすぎ。ほんと本音がわかりづらい。
でも、三条君。この子のために、怒られるのを覚悟でワンニャンルームを落としたんだよな。
俺は聞いてみることにした。
「亜梨沙。三条君にちゃんと気持ちを伝えたことある?」
亜梨沙の手が止まった。
「……ないかも。そんなの言わなくたって察するでしょ。阿吽の呼吸?」
「どこの昭和のオッサンだよ」
「もしかして、あーちゃんってさ。アタシの気持ち知らないの?」
「分からないけど、どうでもいい子の為に部屋を落札しないと思うぞ? しかもワンニャンルーム」
亜梨沙は俯いてしまった。
そして、顔をあげると言った。
「春馬っち。さっきヤッてくれなかったし、お願い事ノーカンだよね? あのさ。もう一度、お願い事あるんだけど。アタシを助けて」
俺は何を頼まれるんだ?
本気で分からない。




