第47話 悩み
「アタシを助けてよ」
「えっ?」
「ここ、話が筒抜けだから。うちにきて」
亜梨沙は俺の手を引いて、ドアを開けた。
真っ暗で中は見えない。
不意に入る女の子の部屋。
俺は鼻を覆った。
くさい。
足場がない。
暗くて見えないけれど、多分、そこら中、ゴミ袋。
食べかけの弁当。
飲んだままのサワーの空き缶。
「ちょっとお茶だすから、ここで待ってて」
部屋までたどり着くと、テーブルの前で座らされた。
パチッ。
電気がつくと、何か小さくて黒いものが動いた。
「……」
俺は、壁についていた手を咄嗟に引っ込めた。
帰った方がいいかな。
コトッ。
亜梨沙がコーヒーを出してくれた。
マグカップからは、湯気が呑気に揺れている。
俺は洗面台を見た。
使ったままの食器の山。
このマグカップ。
あのお山からのリサイクル品か?
ズズッ。
コーヒーを啜ると、意外に美味しかった。
「んで、頼み事って? この部屋を片付けてだったら、お願い事カウントなしでもやるけど」
亜梨沙は頭をかいた。
「あのさ。あーちゃん、浮気してるの? 聞かせて」
「えっ?」
あーちゃん?
三条君の名前、たしか天音だったよな。
「春馬っち、あーちゃんと仲いいでしょ? この前、あーちゃん春馬っちの話してたし」
「まぁ、前の部署で一緒だったけれど」
「なら教えてよ。この前、コンビニから知らない女と手を繋いで出てくるの見たの」
「ただの友達なんじゃない?」
「コンドーム買ってたのに?」
髪をかきあげる亜梨沙の指先、震えていた。
「いや、それは誤解というか」
本当は確信している。
俺は三条君の家で、半裸の女の子を目撃した。
「アタシ、嘘はきらい」
亜梨沙の唇は、歯があたって歪んでいた。
大きい目に涙が溜まっている。
縋るような目。
あぁ、柚子に振られた時。
俺もこんな目をしてたのか。
なんて答えよう。
俺はコーヒーを一気に飲んだ。
口の中が焼けて、ヒリヒリした。
「うん。たぶん。亜梨沙の予想通り」
ガタンッ。
亜梨沙が手に持っていたマグカップを落とした。こぼれたコーヒーから湯気が上がる。
コーヒーがかかって、亜梨沙の太ももが赤くなった。
亜梨沙の大きな目から、涙がどんどんこぼれ落ちる。
「うう」
小さな唇が悔しそうに歪んで。
亜梨沙は、服の袖で、何度も涙を拭った。
俺はどうしていいか分からなくて、亜梨沙にかかったコーヒーを拭くことしかできなかった。
5分くらいしただろうか。
亜梨沙が突然立ち上がった。
口にヘアゴムを咥えて、両手で髪をまとめはじめた。
「なにしてるの?」
俺の質問に答えることなく、コーヒーで汚れたカットソーを脱ぎ捨てた。
白いブラの肩紐が淡く光る。
「アタシ、いつもこう。好きな男に裏切られる。あーちゃんなら、アタシを大切にしてくれると思ったのに。キャバ嬢だから? 汚いと思われてるのかな」
「いや、とりあえず、服を着ようぜ?」
俺は座ったまま後ずさった。
「あー、悔しい。あーちゃんも浮気される痛みを知ればいいんだ」
「え? 痛み?」
意味が分からない。
亜梨沙は乗り出した。
「春馬っち。アタシとセックス……してよ」
亜梨沙の目は。
釣り上がるでもなく、垂れ下がるでもなく。
ただ俺に縋るように。
ただ涙を流している。




