第44話 決議
18時。
マンションの集会所。
俺は1番後ろの席に座った。
30戸はあるはずだが、空席だらけだった。
「最初の議題です」
スーツを着た女性が進行していく。
あの人が管理会社の担当か。
きっと真ん中に座っている爺さんが、理事長だ。
って、……は?
あの人、下の階の爺さんじゃん。
最悪だ。
俺、すげー嫌われてるんだけど。
しかも、さっき課長。
無断でフローリング工事するとか言ってたぞ。
俺は胃が痛くなった。
「議題は修繕費の値上げについてです」
進行役の女性は、ホワイトボードに大きな紙を貼った。
細かい数字が書いてある。
「これは長期修繕計画表です。来年は、大規模修繕が予定されていて、東京オリンピック以降の資材、人件費の高騰から、管理費や修繕積立金を値上げせざるを得ない状況です」
すると、前の席に座っていた高齢女性が手を上げた。
「あのー、それしないとどうなるんですか?」
「定期的なメンテナンスを怠りますと、老朽化により資産価値が下がる可能性があります。さらには……」
進行役が答える。
質問した女性が首を傾げた。
「そうは言っても、わたしそんな生きてないですし。いきなり管理費上げるとか言われても困るんですけど」
今度は、別の男性が手を上げた。
「値上げって、いくらになるんですか? まずはそれを提示してもらわないと」
進行役はバッグからクリアファイルを取り出したが、手元が滑ったらしい。プリントが何枚か床に落ちた。
「す、すみません! ……現在の管理費と修繕積立金は、13,000円と12,000円の計25,000円でして、これが、21,000円と2,4000円の計45,000円になる予定です」
「よ、四万五千円!? ほとんど倍じゃないかっ! 横暴だ」
質問した男性が叫ぶと、会場がザワついた。
「暴利ですよ!」
最初に質問した高齢女性も続いた。
『いやぁ、貴方たちのための値上げなんですが』
そう思ったが、俺は黙って『断固反対』ヘルメットを被った。
「えー、でも。やらないと大変なことになるんじゃ? 来てない人とか、若い人多いし」
子連れの女性が声を上げた。
「来てない人は、関心ないんだからどっちでもいいってことでしょ」
また誰かが反論する。
「断固反対!!」
どさくさに紛れて、俺も叫んだ。
すると、背中に悪寒。
視線をたどると、理事長が俺を睨んでいた。
だが、俺にも意地がある。
ヘルメットをまわして『断固反対』を理事長の方に向けた。
10分後、議論は平行線のままだった。
パンッ。
理事長が手を叩いた。
「えー、では決議をとります。賛成の人は挙手を。賛否同数の場合は否決になります」
理事長はそこまでいうと、進行役にマイクを戻した。
毎月20,000円の増額か。
物件が売れるまで半年として12万円のコスト増。予算ギリギリで買う人にとっては、住宅ローンの支払いが2万円増えるようなものだ。
——致命的。
売主としては、賛成できない。
会場にいるのは、理事長と俺を含めて10人。
ってことは、5人が反対したら否決か。
横暴だとか暴利だとか言ってた2人は反対だろう。俺はもちろん反対。後2人反対すれば、否決だ。
「では、賛成の人、挙手をお願いします」
理事長を含めて4人が手を上げた。
ということは、賛成4人の反対6名。
……勝った。
すると、理事長がなにやら封筒を取り出した。
進行役の女性が説明をはじめる。
「えー、今回、委任状が出てます。委任状の議決は、理事会と同じですので、賛成ということになります」
えっ?
来てない奴の票で逆転?
俺は手を握った。
手のひらが汗でグチャリとなる。
女性が言葉を続けた。
「今回、委任状が2通出ていますので……賛成6の反対6の同数となります」
同数ということは否決だ。
俺は胸を撫で下ろした。
すると、さっきの子連れの女性が手を上げた。
「この人、業者でしょ? 住人じゃないじゃん。それにこの人の会社の部屋、臭いし。ほんと迷惑してるんです。わたし、この人の票は無効だと思うんだけど」
会場がザワザワする。
理事長は深く頷いた。
でも、反対票の人たちはきっと味方だ。
周りを見渡すと、さっきの高齢女性の声。
「まぁ、たしかに。この人の部屋、迷惑よね」
住人の視線が一斉に俺に集まる。
笑ってる人は1人もいない。
この会場の中に味方はいない。
——俺は1人ぼっちだ。
ガチャリ。
集会所のドアが開いた。
俺はドアの方を見た。
「すいませんー。同伴で時間とられちゃってぇー。まだ、アタシの席ありますかぁ?」
聞いたことのある声。
見たことのある金髪。
隣の家に住んでいる、亜梨沙だ。




