第43話 駆け引き
「山路くん。どう、イメージできる? この広大なLDKで、ブランデーを傾けるの」
永瀬課長は、悪臭漂うワンニャンルームで、どこかで見たハードロッカーのように右手を突き上げた。
いや、まぁ。
確かに6階で景色はみえるけれど。
「課長、山と畑しか見えませんけれど」
「いいねぇ。これ、3,000万はいっちゃうんじゃないー?」
この人、全然聞いてない。
このエリアはファミリータイプで二千万円台前半が相場だ。
無理だろ。
ピンポーン。
リフォーム業者が来た。
この前の男性だ。
リフォーム会社は、この男性のところに決まったらしい。
課長はネクタイを直した。
課長とリフォームのプランを決めている。
俺はそれを横で聞いて、メモをとる。
業者の男性が、部屋の四方を指差した。
「永瀬さん、本当に間仕切り壁は無しでいいんですね?」
「それでOK。豪華なワンルーム作っちゃいましょう! コストは壁紙15 ドアノブ5 床は上貼りで20くらい?」
男性はヘルメットのつばを掴んだ。
「いや、永瀬さん。まさか、この物件、表層リフォームでいくつもりですか? どうみてもフルリフォーム適用ですけれど」
「普通に表層でいくでしょ。エアコンの穴も一つしかないんですよ?」
前回の現調の後、径の問題でエアコン2台は厳しいことが分かった。すると、課長はワンルームのままにすると言い出した。
俺はメモを取りながら言った。
「課長、郊外なのにワンルームで本当に大丈夫ですか? 前に池田課長が、郊外はファミリータイプしか売れないって言ってましたけど」
すると、永瀬課長は鼻で笑った。
「池田君? 彼はねー。もっと冒険した方がいいよ。不動産は出会い、つまりタイミングなの」
課長は、床を指差した。
「ここさ。染みがあった所だけ床剥がしできる? 糞尿がコンクリまで行ってるからケレンもー」
業者の男性はカバンから何かのファイルを出した。
「いや、たしかに。下地の接着剤まで匂いがつくことはありますけれど。一部だけ剥がすとか、うちはやったことないし。そんな施工じゃ、経年でガタガタになりますよ?」
課長は床に膝をついて、人差し指の第二関節でコンコンとフローリングを叩いた。
「ここね。LL-45なの。全面張り替えたらたら、いくらかかるのよ。それだけで軽く50よ?」
今日の課長は強気だ。
「いや、でも」
「あー、ならもういい。他に頼むから」
すると、男性は声を荒げた。
「は? こっちはもう人工の手配してるんだ。勘弁してくださいよ」
2人の熱気にあてられたのだろうか。
ふわっと悪臭。
ゲホゲホッ。
俺はマスクをしているのに、むせてしまった。
課長の声が低くなった。
「ならやってよ。なんとかするのがおたくの仕事でしょ。それにねー。床を剥がすなら管理組合の許可も必要になる。下の階に住んでる爺さん、偏屈なのよ。あの人がゴネたらどうすんの? おたくがその分、値引きしてくれるの?」
「それはできませんけど……」
挨拶回りで、俺は下の爺さんにもやりこめられた。でも、なんで課長がそのことを知ってるんだ?
課長は続けた。
「規約上、床の一部施行は取り決め無し。工事は1日でできるっしょ? 爺さんが文句いっても、その頃には既に終わってるから」
俺も業者の男性と同意見だった。
この部屋は、表層のリフォームじゃどうにもならない気がする。
俺は玄関ドアを見た。
「課長、あのドアも引っ掻き傷だらけなんですけれど、あのまま売るんですか?」
きっと犬猫が引っ掻いたのだろう。
玄関ドアが傷だらけの家。しかも高い。
そんな家を誰が買うのだ。
課長は髪をかきあげた。
「あー、いいのいいの、あのままで」
そのまま売るつもりか?
訳がわからない。
すると、課長が言った。
「山路くん。今日の18時から管理費値上げの総会があるから。そこにいってきて」
「えっ、俺は何をすれば……」
「管理費上がったら物件売れないっしょ? だから総会で『断固反対』って言ってきて」
課長はそう言うと、俺に黄色いヘルメットを渡した。ヘルメットの正面には『断固反対』と書いてある。
……は?
これ持って、単身突撃しろと?




