第42話 面談
面談当日。
桜藍は先に学校に行った。
友達と約束があるらしい。
面談は14時からだ。
玄関の全身鏡で、身だしなみを確認する。
「ネクタイが曲がってる気がする」
いつも一回で決まるのに、今日は何回巻き直してもしっくり来ない。
♦︎
13時46分。
俺は正門の前についた。
私立鷺乃谷高校。
俺の母校で、桜藍の学校。
普通の校門に、普通の校舎。
入り口には、桜の木が植えられていて、今はもう緑の葉をつけている。
夏休みなので、生徒は少ない。
すると、藍色の道着入れを抱えた女子生徒とすれ違った。
「部活かな? 柚子もあの袋もってたっけ」
風に葉が揺れる。
日差しに、俺は目を細めた。
「……はぁ」
俺は肩をグルグルと回した。
母校で懐かしいはずなのに、俺は緊張している。
面接なら何度も受けたことがある。
でも、保護者としての面談は、生まれて初めてだ。俺が変だったら、桜藍もそう思われてしまうかも知れない。
「春馬さんっ」
振り向くと、制服姿の桜藍だった。
教室前の廊下にはパイプ椅子が並べられていて、俺と桜藍はそこで並んで座った。
「山路さん、どうぞ」
5分ほどすると、名前を呼ばれた。
入れ違いで、前の生徒が出てくる。
(へぇ、面談は俺らだけじゃないのか)
見たことのある顔。
お寿司屋にいた真緒ちゃんだ。
真緒ちゃんは桜藍に小さく手を振ると、カバンを肩に掛けて、階段を降りて行った。
「失礼します」
教室に入ると、机が4つ向かい合わせになっていた。促されてパイプ椅子に腰をかける。
「本日はありがとうございます。わたくし、桜藍さんのクラス担任の椿と申します」
先生は肩上までのボブがよく似合っている、清潔感のある女性だった。
年齢は20代後半に見える。
「こちらこそ、桜藍がお世話になっています。兄……の、山路春馬と申します」
兄という呼称に、胸がちくりとした。
「お兄様なのですね。あっ、わたしは英語教諭をしています」
よりによって、英語の先生か。
目が合うと、桜藍はペロッと舌を出した。
椿先生は資料を机に並べると両肘をついた。
「桜藍さんなのですが」
ごくっ。
唾を飲み込む。
「成績も優秀で、友人との関係も良好。まぁ、男子に人気がありすぎるのはアレですが。特に心配はないと思います」
よかった。
俺は桜藍の顔を見た。
先生は話を続けた。
「ですが……」
「ですよね……」
言われなくても分かる。
先生はパタンとファイルを閉じた。
「英語。ただ苦手ならいいのです。あっ、よくはありませんけど。でも、桜藍さんの場合は、他の科目との差が極端すぎて、逆に心配で。ご家庭では、何か心当たりはありませんか?」
——『Mom, I'm scared.』
桜藍の寝言が脳裏をよぎる。
心当たりはある。
でも、言葉に出すのが怖い。
「先生。わたし、これから英語も頑張ります」
桜藍が胸に手を置いた。
「でもね。桜藍さん。英語、サボってないじゃない。そうなると、他の原因を検討しないといけないの」
椿先生は俺の方を見た。
メガネ越しの視線が鋭くなる。
「今はお兄様と2人暮らしなんですよね。でしたら、たとえば……言いにくいんですが、恋愛感情とか」
椿先生は、そこまでいうと視線を逸らした。
ガタンッ。
桜藍が立ち上がった。
机が揺れる。
「私、春馬さん……と、血は繋がってないけど、そういうのじゃないですし」
椿先生は俺の方を見た。
「ご両親のこと、うかがってます。まだ数ヶ月ですし、その心労もあるのかなと。PTSDとかの可能性もあると思いますし、専門の医療機関で受診されたりは?」
ご両親というのは、俺の親のことだろう。
「いえ、ないです。必要ですか?」
桜藍を病院に連れて行こうと思ったことはある。でも、直前で気が進まなくてやめてしまった。
「ご家庭の事情もあると思いますし。桜藍さんを特別扱いしたくない、そういうお兄様の気持ちも分かります。でも、大学によっては特別な配慮もありますし」
「特別……」
人を区別するための、体のいい言葉。
先生と目が合った。
ポンポン。
桜藍に膝を叩かれた。
俺は首を横に振った。
すると、先生は両手を前で振った。
「いえっ、あのっ。ですぎたことでした。すみません。桜藍さんの成績でしたら、英語なしでも受験できますし。でっ、でも。力になりたいって思って。心配事があったら、相談してくださいね」
面談は、『まだ高2なので様子をみる』と言うことになった。
帰り道、校門で桜の木を見上げた。
病院……か。
父さんと母さんなら、どうしたかな。
桜藍のこと、相談したい。
トントンと肩を叩かれた。
振り向くと、銀色の髪が揺れていた。
「春馬さん、さっき怖い顔してたよ?」
「えっ。ごめん」
それで、先生が戸惑っていたのか。
(心配してくれたのに、悪いことしちゃったかな)
「ううん。わたしのためにありがとうです」
桜藍は、ぺこりと頭を下げた。
「でも、良い先生だな。心配してくれて」
すると、桜藍が笑った。
「そうですよ。2人とも同じ鷺乃谷高校なんですから、仲良くしてください」
「えっ? 先生もこの高校出身なの?」
「ふふっ。確か、大学も鷺乃谷ですよ。ねっ、春馬さん。来年、桜が咲いたら、ここでまた一緒に見たいです。パパとママの写真を持って」
空を見上げた桜藍の顔に、葉の影がおちる。
「ああ。来年も来よう。そっか。父さんと母さんも母校だもんな」
「はい。わたしと春馬さんも同じ母校だよ?」
「……ところで、桜藍ってモテるの?」
桜藍が頬を膨らませた。
「ぶーっだ。春馬さんにモテなかったら意味ないですし。意地悪言うなら、先に帰っちゃいますから」
「待ってよ。ごめんよー」
俺は桜藍を追いかけた。
セーラー服のスカートが揺れる。
桜藍が振り返って笑った。
「春馬さん、はやく。あっちの景色が綺麗なんです」
……病院のこと、ちゃんと調べておくよ。
でも、今はもうすこし。このままで。
父さん、母さん。
それでいいよね?




