第40話 穴。
「は? コア抜き? ダメに決まってるでしょ?」
管理人は、菓子折りが入った紙袋の口を一瞥すると、目を細めた。
「ですよね。でも、きちんと検査をしてからやりますんで」
「あのねぇ。鉄筋一本切れただけでも躯体はダメになっちゃうの。アンタのところは良くても、他の部屋にヒビが入ったり。これだから不動産屋はイヤなんだ」
このクソジジイと思ったが、完全に相手が正しい。
悪臭のことでも一通り怒られ、30分ほどして、俺はようやく解放された。
「参ったな。課長に叱られる」
部屋に戻って報告すると、意外にも叱られなかった。
「良かったんですか? エアコンの穴1つになっちゃいますが」
「あー、1つの穴に2台通せばいいだけだし」
は?
穴が1つで足りるなら、最初からそう言えよ。
課長は手を払うようにした。
「ただ、見栄えがね。配管が剥き出しだと、客の感度が落ちるのよ。とはいえ、壁をふかすと金がかかる」
「なるほど。価格はどれくらい下がるんですか?」
「価格ってよりも、売れるのに時間がかかるのよ。その分の維持費がかさむ。それって、指し値と同じだから」
「なるほど」
指し値か。値引きかなんかのことか?
どうでもいいことで聞きまくってると、肝心な時に聞きづらくなるからな。
帰ったら調べよう。
ガラッ。
課長はそう言うと窓を開けた。
「今日は直帰で。山路くんも帰っていいから。あっ、山路くん。帰りにゴミ捨て場の清掃しといて」
この人、俺に面倒事を押し付けすぎ。
俺はゴミ捨て場の掃除をして、マンションを後にした。
駅からの帰り道。
俺は三条君に電話した。
「あっ。山路さん。調子はどうっすか?」
「どうっすかじゃないよ。三条君のワンニャンハウスのおかげで、最悪なんだけど」
電話の向こうから、パンッと手を叩く音がした。
「えっ。あの部屋の担当、山路さんになっちゃったの? それはゴメンっす」
「なんであんな部屋に入札したの?」
「課長の分も数字が必要だったのと、ぶっちゃけ1、2匹だけだと思ったっす!」
「いやいや、資料に『多数(詳細不明)』って書いてあったでしょ?」
「裁判所が盛ってるだけかと……」
「もらねーよ!」
思わず、素でつっこんでしまった。
「でも、山路さんも、俺に感謝してほしいっす」
「は?」
「ペットが死なないように、時々、新聞受けからドッグフードを流し込んでいたっす。あれがなかったら、今頃、山路さんは死体とご対面だったっすよ」
今でも十分臭いのだ。
それは想像もしたくない。
「それはそうだけどさ。三条君、実は動物好きなの?」
「普通っす。いたら可愛いけど、情熱とか特にないっすね」
「だって、ぶっちゃけ、立地的にもそんなに良い物件じゃないだろ? それなのに前のめりっていうか」
すると、三条君は小声になった。
「ここだけの話。あの部屋の隣に彼女が住んでるっすよ。『取り残された動物が可哀想』って言われて、カッコいいところみせたったっす!」
……隣の家に彼女?
「ちなみに、彼女さんの名前は?」
「亜梨沙っすよ。新垣亜梨沙。なんでそんなこと聞くっすか?」
ちょっと待て。
山村の爺さんの件で三条君の家に行った時。
三条君の家から半裸で出てきた女の子は、別人だったぞ?
つまり、俺は。
三条君の、浮気相手への好感度アップのために、こんなめにあっているらしい。
ガチャン。
三条君が何か言っていたが、俺はそのまま電話を切った。




