第36話 逢引
7月18日。
夏休み初日。そして、桜藍の誕生日だ。
今日は有給をとってテーマパークに来ている。
「春馬さーん」
桜藍は入り口の着ぐるみと戯れている。
(やっぱり、テーマパークは好きらしい)
俺には悩みがあった。
桜藍に聞いても欲しいもの言わないし。
誕生日当日なのに、まだプレゼントを用意できていない。
結構、真剣に考えたのだが、女子高生の欲しいものなんて全く分からなかった。
三条君に聞いたのだが、全然、参考にならなかったし。それどころか、途中からは自分が何をもらった時が嬉しかったか、みたいな話題になってしまった。
イケメンは与えられることに慣れ過ぎていて、参考にならない。
「もう30分だよ。そろそろ中に入らない?」
戻ってきた桜藍はカチューシャをしていた。
「あっちの熊さんがくれました」
パークのクマさんって、お客さんにカチューシャくれるの? 聞いたことない。
「春馬さん、他の女の子みていたでしょ?」
「そんなことは、あるけど」
「もうっ。ここは夢の国なんですよ? そんなのダメです」
「中には女好きなキャラだっているだろ?」
ずっと桜藍を見ていたなんて言えない。
ここに来て、改めて気付かされた。
桜藍が美少女すぎる。
桜藍の髪の毛は金髪というより銀色に近い。瞳も青ではなく灰色。
西洋風の建物とマッチしていて、圧倒的。
ぶっちゃけ、さっき歩いていたお姫様よりも全然可愛い。
スタイルも……。
俺は首を横に振った。
いかんいかん。
桜藍は妹だ。
異性として見るな。
桜藍は入り口のアーケードでも全然進まないので、手を引いて中に入った。
夏休みの学生が多いのだろう。
かなり混んでいる。
お目当ては、海賊をモチーフにしたアトラクションだ。だが、長蛇の列で、看板には180分待ちと書いてあった。
「どうする?」
俺は待つのが好きではない。
正直、空いている他のアトラクションに行きたい。
「せっかくだし、入ってみよう」
桜藍はそう言った。
アトラクションの外観はアーリーアメリカン調の木造住宅で、麦わら帽子が似合いそうだな、と思った。
「ねぇねぇ、あっちにご飯食べてる人がいるんだけれど、アトラクションのお人形かな?」
桜藍がはしゃいでいる。
俺も目を凝らすと、対岸にレストランがあった。
「あれは一般人じゃない? スマホ持ってる人いるし。でも、なんかアトラクションの一部みたいだね」
「通り過ぎてたら気づかなかったです。待つのって楽しいです」
桜藍はそういうと、またキョロキョロしだした。
たしかに、待機列の周りにはオブジェが沢山設置されていて、飽きさせない工夫が凝らされている。
『待つのが楽しい』……か。
新鮮な言葉だ。
課長も『寄り道が大切』みたいなことを言っていたし。そんなものなのかも知れない。
少し進むと、辺りが暗くなった。
「春馬さん。お仕事、楽しいですか?」
桜藍が聞いてきた。
「あぁ、楽しいよ」
色々あるけれど、こうして休みをすごせるから、楽しい。
「良かった」
桜藍はそれ以上、聞かなかった。
建物の奥に入っていくと、ポロンとギターの音が聞こえてきた。川の奥に蛍が飛んでいる。
ちょん。
右手の中指に桜藍の指先が触れた。
ちょん。
また触れる。
「何名様ですか?」
3度目が来る前に、俺たちの番になってしまった。
桜藍は俯いている。
このアトラクションはボートで回るライド型で、乗り込むには30センチほどの隙間を跨がなければならない。
「お姫様、お手を」
俺は先に乗り込んで、桜藍に手を伸ばした。
桜藍はそっと手を合わせる。
さらさらの手。
「ありがとうございます」
桜藍の声は、聞き取れないくらい小さかった。
ボートは中世ヨーロッパ風の夜の街を、どんどん下っていく。
途中で空が真っ赤になって、街が炎に囲まれた。桜藍の肩がすくむ。
ドンッ。
空砲のような音が響くと、桜藍の背中が猫のように丸くなった。
「Mom, I'm scared.」
掠れた声。確かにそう聞こえた。
俺が聞き返すと、桜藍は「えっ?」と聞き返した。俺はそれ以上、そのことを聞けなかった。
アトラクションはどれも混んでいて、数個しか乗れなかった。レストランも混んでいて、大きなポップコーンを買った。
辺りが暗くなってきて、港のようなところに座った。少し先には、沈んだボートが見える。
「俺なんてアメリカに行ったこともないのに、懐かしく感じる。不思議かも」
「わたしもです。わたしは何も覚えてないから、懐かしい訳がないのに」
桜藍は微笑んだ。
俺は胸の奥がキュっとした。
「誕生日なのにプレゼントを準備できてなくて、ごめん」
桜藍は首を横に振った。
「わたしは空っぽを、春馬さんが楽しい思い出で埋めてくれてる。いつも贈り物をもらってるよ? わたし、きっと今のこの瞬間を、ずっと忘れない」
この子はもしかしたら、俺を『好き』なのだろうか。
俺は首を横に振った。
違う。桜藍はもっと煌めいて尊くて。
好きという言葉が陳腐に思えてしまう程、透き通っている。
ちょん。
桜藍の指先が俺の指先に触れた。
ちょん。
俺も桜藍の指先をつついた。
ちょん。
桜藍が人差し指と親指で、俺の人差し指を掴んだ。
「桜藍。誕生日おめでとう」
——来年も、一緒に。




