第30話 子供
俺は子供とボール遊びをした。
「ママは優しい?」
そう聞くと、子供はボールを蹴り返して言った。
「ヤサシイ」
「もう普通に話していいんだよ?」
俺の言葉に、男の子は照れくさそうに笑った。
「ナンデ、ソンナコトイウ?!」
店の中から女性の叫び声。
俺は不安そうにする子供達を抱きしめた。
(ダメだったのかな。それはそうか。身元の不確かな女性だし)
しばらくすると、女性が戻ってきた。
「どうでした?」
ギュッ
子供達の手に力が入る。
「アノネ、ハタライテいいって!」
女性はピースした。
年相応の笑顔だった。
「えっ? さっきの叫び声は?」
「『覚悟が足りない』といわれて、ハラがたった」
なるほど。
あのお婆ちゃんなら言いそうだ。
「寮の方は?」
「リョウもOK」
「いつから入れるんですか?」
「キョウカラ」
「良かったじゃないですか」
「テンチョウサンが、アナタとハナシたいッテ」
ガラッ。
店の引き戸を開けると、オーナーのお婆ちゃんがいた。
「そこに座って」
俺は丸椅子に腰をかける。
「あの人のこと、ありがとうございました」
「ああ、美華のことね。あなた、面倒な人間を連れてきたね」
(あの子、メイファっていうのか)
「すいません」
「もう今更だがね。あの子を見ていたら、わたしが日本に来た時のことを思い出してね」
「お婆ちゃんも1人で来たんですか?」
「あれからもう60年以上。早いね。来た頃はまだ戦後の雰囲気が残っていて。日本人も親切な人ばかりじゃなかった」
「ご苦労されたんですね」
「そんな中、義母に拾ってもらったんだ」
「それでこの店を?」
「そうそう。旦那とこの店を始めたんだよ。そこにアルバイトで来たのが明彦」
「明彦さんって?」
「義息子。いつも料理してるだろ?」
……義理?
「あっ、いつもカウンターにいるあの人。お婆ちゃんの息子さんなのかと思ってました」
「いやいや、わたしが産んだのは娘。娘はもういないよ。孫もだけど。それなのに明彦は律儀に残ってくれて」
(お孫さんも? 明彦さんの歳からすると、お孫さんは俺と同世代くらいか)
「そんな経緯が……」
「だから、再婚でもしてくれると、私も嬉しいのだけれど。まぁ、この店の子くらいしか出会いもないのかな。って、余計な話だったね」
お婆ちゃんは、ニヤリと笑った。
「今回の件、ありがとうございました。俺、この店に通いますんで」
「待ってるよ」
俺は席をたった。
お婆ちゃんが手を振って見送ってくれた。
んっ。再婚?
「まさか……ね」
人には歴史ありだ。
ガラッ。
また引き戸を開けて外に出ると、女性が子供と遊んでいた。苛々した様子はなくなって、楽しそうだ。
「おじちゃん、ありがとう!」
子供達がまとわりついてくる。
「お前ら、やっぱり普通に話せるじゃん。それに俺はまだ二十代だ。おじちゃんじゃない!」
逃げ回る子供達を追いかけた。
すると、母親に肩を叩かれた。
「今回はありがとうございました」
「いえいえ。本気出したら日本語うまいですね。メイファさん」
「ふふっ。名前で呼んでくれた。ねっ、おにいさん、ワタシ、ホレテいい?」
「いや、だからホレませんって。俺には相手が……。って、ん?」
ホレテ?
少し違和感。
メイファさんは、はにかんだ。
この人は喜怒哀楽がコロコロかわる。
まるで春の晴れ間みたいだ。
可愛いなって思ったけれど、伝えなかった。




