第29話 面接
「これ、約束の立ち退き料です」
俺は女性に15万円を渡した。
女性は金を受け取るとバッグに放り込んだ。
「それで、ここにサインをお願いできますか?」
俺はテーブルに退去確認書を置いた。
女性がサインを終えると、さらに書類を2枚差し出してサインしてもらう。
残置物を自分のものだと確認する書類と、所有権放棄についての書類だ。
「カギはドウスル?」
——民法 第200条【占有回収の訴え】
民法には権原のない占有者をも保護する条文がある。
一方的な締め出しは許されない。
部長を説得するために、同居人を締め出すと言ったが、実はリスクが高い。
「鍵は開けっぱなしでいいです。カギは貴女がもっていてください」
どうせ、この家に盗まれるような物はないのだ。
俺はテーブルの目立つところに、何人いるのかも分からない不法占有者宛の手紙を置いた。
中には、不退去の場合の賃料相当額請求書と2週間後に鍵を閉めるという旨が書いてある。
女性に聞いたところでは、他にも占有者はいるが、何人いるか、いつ戻ってくるかは、ハッキリは分からないとのことだった。
連絡がなければそれで良し。
退去に同意してくれれぼ言うこと無し。
問題は連絡がきたが、退去に不同意な場合だ。
そうなったら結局は強制執行しかない。
時間も金もかかる。
少なくとも火曜日は誰も居ないとのことだったので、立ち退き日を火曜日にした。対面でのトラブルは避けたいし、あまり子供に見せたいものでない。
「じゃあ、行きましょうか」
「ワカッタ」
バタンッ。
俺は社用車のトランクに荷物を入れた。
3人なのに手提げのバッグが数個。これが、3人がこの国で手に入れた全部。
車の後ろの席には子供が2人。
助手席には女性。
子供はしばらく騒いでいたが、10分もすると寝てしまった。
俺は運転しながら女性に聞いた。
「子供達の父親は日本人なんですか?」
「ナマエもシラナイヒト。たぶん日本ジン」
女性はビーチサンダルにTシャツ短パンの軽装。胸元からはバストが見えている。
「アンタ、シンセツにシテクレル。ワタシにホレタカ?」
その言葉に、俺は自動応答の音声を聞いているような気持ちになった。
不法滞在なら仕事を見つけることすら難しい。それでも、生きていかなければならない。
それなのに、できることは限られる。
——きっとこの女性は、こうやってこの国で生き抜いてきたのだ。
「入国に来たのは、観光ビザで?」
「ギノウジッシュウ」
なるほど。
オーバーステイか。
俺の前の会社にも技能実習生がいた。
少なくとも俺がいた会社では、実習とは名ばかりの、労働力の搾取だったと思う。
でも、不法入国でなくて良かった。
「子供は学校には?」
女性は首を横に振った。
「通わせない理由でも?」
すると、女性と手が触れた。
冷たくて細い指。震えている。
「バレテ、コドモとバラバラニナラナイ?」
「今回の場合、その心配はないと思います。むしろ、逆。学校に通ってる方が安全です」
すると、女性は擦り寄ってきた。
「アンタ、ホントはワタシにホレタカ?」
俺は女性の手を戻した。
「惚れてません。手伝うのは、ただの気まぐれですよ」
俺は女性を見た。
やつれているが、綺麗な顔をしている。
でも、幸せには程遠い。
なんだかやるせない。
「特別在留許可っていうのがあって、日本生まれの子供がいれば考慮されるらしいです……あっ、つきましたね。話の続きはまた後で」
キッ。
俺は車を停めた。
「この店です」
「ワタシデキルカナ?」
「頑張ってください。俺は、外で子供と遊んでますので」
女性は車から降りると店に入って行った。
ここは、先日、面接をお願いした中華料理店だ。
子供達が駆け寄ってくる。
不法就労……。
俺がしていることは、きっと、この国では正しくない。
でも、この子達を見ていると。
1人で迷って泣いている——子供の頃の桜藍を想ってしまう。




