第25話 2回戦目
「15万? 無理って言ってるでしょ! 赤字出したら君が補填してくれるの?」
部長は弾いた電卓の数字を俺の方に向けて、机をバンバン叩いた。
俺は歯を食いしばった。
(ギリギリなのは、アンタが高買いしたからじゃないか)
「確かに収支はカツカツです。でも、ここであの人達に出ていってもらわないと、本気で強制執行しかなくなると思うんです」
部長は俺に電卓を投げつけた。
壁に当たった電卓が地面に落ちて、弾けたボタンがコロコロと床に散らばる。
「強制執行? お前、いくらかかるか知ってるのか? 専務の決裁が必要なのよ? 無理無理ぃ」
「蓋を開けたら何人住んでいるか分からないような物件です。部長だって資料で知っていたはずじゃないですか」
部長はコーヒーをゴクゴクと飲み干した。
「そこを何とかするのが、山路君の仕事でしょ」
「だからですよ。今なら、あの家族しかいない。今退去させないと、関係者が増えて収拾がつかなくなります」
部長はまた机を叩いた。
「なんでそんな訳のわかんない物件落としたの!!」
いやいや、『やっちゃえイイエス(飯島エステートの略)』とか言ってノリノリだったのは部長なんだが。
(こいつじゃダメだ)
「もういいです。専務に直接かけあいますんで」
すると、部長の顔色が変わった。
「はぁ? お前、上長を飛ばすとか、どれだけ世間知らずなんだよ」
『お前じゃラチが開かねーからだよ』
その言葉が出かかったが、俺はギリギリで飲み込んだ。
住人女性に聞いたところでは、あの部屋に住んでいる子供はあの2人だけらしい。
俺はただの会社員だ。
不法滞在者みんなをどうにかするなんて無理だし、すべきでもない。
ただ手の届く範囲で、あの家族に立ち退き金を渡すくらいしかできない。
だが、部長が『入管』とか言い出したら、それすらできなくなる。
だから、今が正念場だ。
「物件内には、誰のか分からない残置物が大量に残っているんです。もたもたしていると、他の住人がもどってきて、強制執行しかなくなります」
「そうなったら、いくらかかるの?」
部長の口の端が白く泡立っている。
「私の試算では予納費用60、補助業者40、残置物保管費用15、物件維持費80で……最悪、200万円以上かかるかも知れません」
「え……。それ、どうするんだよ」
部長は俺の方を見た。
「だからですよ。今なら15万ぽっきりで話が前に進むんだ」
「それで、そいつ追い出して、そのあとどうなるの? 鍵壊したら、占有なんたらの妨害で訴えられるぞ」
「うまくやってみせます。あの家は普段から鍵を掛けていない。出かける時は、鍵は鉢植えの下らしいです。それを所有者のうちの会社が回収する。ごく自然なことです。これなら鍵も交換していないし、締め出してもいない」
「残置物は?」
「女性に自分のものだと認めさせて、うちに譲渡させます。代金は1円でも。これなら、うちのコストは最低限で抑えられます」
「鍵はどうすんの?」
「だれも謎の外国人と同じ鍵で住みたくないでしょう? 再販する時に、買主の希望で交換すればいいかと」
「ち、ち、ちょっと待って」
部長は頭を抱えて、もごもごと何かを呟いた。
その声は震えている。
あと一息。
「もたついたら、行き着く先は裁判です。部長、専務に裁判の決裁とるつもりですか?」
「だって、そいつらそもそも不法滞在でしょ?」
押し込め!
俺は声を張り上げた。
「何人だろうが住人が『死ぬ』って言ってるんだ。死なれたら瑕疵物件ですよ。アンタ、責任とれるのか!?」
(あぁ。俺、絶対に嫌われたわ)




