第23話 交渉
ある昼休み。
「あれっ、山路さんの弁当。冷凍の惣菜とかないっすね。全部、手作りじゃないっすか!」
三条君が俺の弁当を覗いてニヤけた。
「いや、最近、弁当頑張ってくれててさ。持つべきものは、できた妹だね」
映画を観に行ってから、心なしか弁当が豪華になった。
「うちなんて冷凍食品の連続コンボっす。しかも今日は、そもそも弁当なしという」
三条君はどこかで買ってきた弁当を袋から出した。
「でもそれ、駅前の中華屋の弁当だろ? あそこ安いし美味いよな」
「そうなんすよ。あそこのおねーさん化粧してないのに可愛いし。っていうか、山路さんのお弁当、例のいきなりできた妹さんのでしょ? マジで羨ましいわ〜。ねぇ、ぶっちゃけ」
「んっ?」
「その妹さんとヤリたいとか思ったことないんすか?」
「はぁ? あるわけねーだろ。相手は未成年だよ」
「ふーん。じゃあ、その桜藍ちゃんでしたっけ? 可愛さパラメータをカードランクにしたら?」
「いや、間違いなく『SSR』でしょ」
「スーパースペシャルレアとかあり得ないっすぅ! 会わせてもらえませんか?」
「無理」
こんなチャラいイケメンを会わせても、心配事が増えるだけだ。
「つれないっすね。あ、そういえば、山路さんの今の案件、大丈夫っすか?」
「あぁ。もう落札されてるし。今は課長が居ないし、自力でなんとかするしかないよ」
「まぁ、代理の高橋さんじゃ、アテにならないっすしね。あの人、オッパイに脳の養分吸いとられてるんじゃないっすか?」
「ちょっと。そういうのはやめようよ」
俺は弁当箱に蓋をした。
実は今、俺は少し困ったことになっている。
先々月、課長が入院してしまって、主任だった高橋さんが課長代理をすることになった。
高橋さんの空回りもあるが、部長から「とにかく落札しろ」という圧がすごいのだ。それで、事前資料だけで入札したところ、まぐれで億の利益がでる物件を落札してしまった。
それからは、机上調査の常態化。
問題が起こるのは、時間の問題だった。
「これがソロの初物件とか、マジできついわ」
俺は現況調査報告書を鞄に突っ込んだ。
現況調査報告書は裁判所の執行官が作る書類だ。入札者はこれで物件の詳細を確認することになる。
今回の物件には『占有者あり、権限不明』との記載があり当初から怪しかった。
だが、入札会議で部長が専務に「同様案件の処理実績があるから問題ない」と言ってしまった。
近隣エリア再開発の情報をうちの会社だけが掴んでいた。それで部長も欲が出たのだろう。
雑な入札で落札。
後から分かったのだが、ウチがぶっちきりの高値で落札していた。
「さぁ、いくか」
俺は、物件に向かうことにした。
駅からバスに乗り換えて10分。
今回の物件が見えてきた。
平成築、グリーン×ホワイトのマンション。
「はぁ」
玄関ドアの前で特大のため息をついた。
……この家には、謎の占有者がいる。
こういう場合、普通なら所有者と立ち退き交渉をするのだが、この物件の所有者は、どこにいるかすら分からない。
つまり、住人と直接交渉をするしかない。
ピンポーン。
インターフォンを鳴らすが、誰も出てこない。
「いないんですかぁ?」
玄関先で叫ぶが、返事がない。
昨日はこのまま帰ったが、今日はそういう訳には行かない。物件化が遅れると、管理費などのコストが雪だるま式に増えるからだ。
郵便ポストをみると空だった。
ベランダを覗くと、使い古された衣服が山積みになっていた。雑に干された子供服。
「子供もいるのかよ」
俺は鞄の中のオモチャを確認した。
(できれば子供には現場を見せたくない)
これからの展開を想像すると、胃がギューっと締め上げられた。
もう一度、インターフォン。
「いないなら、開けますよ」
ガチャガチャ。
管理人から受けとったキーで鍵を開ける。
ギィ……。
玄関ドアをあけると、乱雑に脱ぎ捨てられた靴。子供の靴やビーチサンダル、ハイヒールもある。男ものの靴はない。
だが、間取りの割に靴が多すぎる。
「ったく、何人住んでるんだよ」
ダダダと足音がして小さな子供が出てきた。
「アンタ、ダレ?」
アジア系と思われるその子供は、片言の日本語だった。
中を覗くと、キッチンのテーブルには漢字やアラビア語の調味料が散乱していた。
すると、中国語で何かを叫びながら、中から30代くらいの女性が出てきた。色白で華奢なアジア系の女性。
彼女も片言の日本語だった。
「アンタ、ダレデスカ?」
「私は、この物件を落札した会社の者です。貴女達に、速やかな退去をお願いしに来ました」
女性は首を傾げなら答えた。
「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン」




