第21話 寄り道
次の日、桜藍は普段通りだった。
どこかのアニメで覚えたらしく、俺が玄関に立つと、両手の黒い石でカチカチとしてくれる。
「桜藍は今日は休みなんだっけ」
「はい。お家のこと頑張ります」
帰った時に誰かが待っててくれるのって、すごく有難い。
(ずっと、そうやって俺のことを出迎えて欲しい)
そう言いかけて、口をつぐんだ。
桜藍は首を傾げて、手を振ってくれた。
「いってきます!」
俺は玄関から出て、頬を叩いた。
今日は課長に頼まれて、三条君の家に寄ってから現場に直行することになっている。
三条君の家は駅から10分ほどのアパートだった。歩くと、外階段の床からカツンカツンと音がする。
一人暮らしなのかな。
ピンポーン。
インターフォンの前で待つ。
(欠勤中だし出てこないか)
もう一度インターフォンを押そうとすると、ドアが開いた。
「あっ。山路さんじゃないっすか。すいません、ちょっと風邪ひいちゃったみたいで。ごほっ」
三条君だった。
顔が赤い。三条君は本当に風邪をひいているみたいだった。でも、なぜか腰にバスタオルを巻いている。
(風呂でも入っていたのかな)
「大丈夫?」
「あっ、大丈夫っすよ。仕事柄、仕方のないことですし」
「そうだよね」
本当にそうだ。
すると、三条君の背後から女性の声がした。
金髪の女の子が横からぴょこっと顔を出す。
「あーちゃんどうしたの?」
女の子もバスタオルを巻いている。
この人、本当にあーちゃんって言われてるのか。
さすがイケメン。
彼女と同棲中らしい。
……全然心配する必要なかったじゃん。
「いや、明日から来れそうならいいんだ。あっ、寂しくなったら、その子に後ろから抱きしめてもらいなよ」
首を傾げている三条君に見送られてアパートを後にした。
時計をみると13時だった。
今日の仕事は、お爺さんの家の片付けの続きだ。
玄関ドアを開けて、また大きなエアコンに電源をつける。
遺品を片付けながら思った。
お爺さんは、いつから1人だったのだろう。
作業が終わると17時をまわっていた。
「そろそろ帰るか」
あとは表札を外して、この案件は終わりだ。
ガチャリ。
ドアをしめて鍵をかける。
「あっ、山路さん?」
振り返るとお婆さんだった。
「どなたですか?」
見たことがない顔だ。
「わたしは隣に住んでいる者なんだけど、不動産屋さんの人でしょ?」
「あ、はい」
「山村さんが言ってたのよ。『二人組でしつこい不動産屋さんがいる』って。なんかいつも楽しそうに話していて」
「えっ?」
お爺さんのことかな。責められて、立ち退き料をせびられた記憶しかないんだけれど。
お婆さんは楽しそうに話しを続けた。
「山村さんが、人と話すのが久しぶりで、ついわがままを言ってしまうって」
「えっ、でも条件にご納得いけなくて」
すると、お婆さんが俺の肩を叩いた。
「条件なんてなんでもいいの。条件がまとまらなくて、あなた達が通ってくれることが大切なんだもの」
「……」
「山村さん、あなた達の会社が高く買ってくれたって喜んでたわよ。最後は残念だったけれど、奥さんの治療費を残しちゃってたからね。きっと、そういうのも綺麗にできたろうし。今頃は、あの世で奥さんと仲良くしているんじゃないかしら」
「そうなのかな」
「そうなの。だって、最後の日。山村さん笑っていたもの」
お婆さんは飴玉をくれて帰って行った。
包み紙の両端を引っ張ると、黒い黒糖の飴玉だった。
コロン。
飴玉を口に含む。
口の中にほろ苦い味が広がった。
顔を上げる。
表札には「山村達夫」と書いてあった。
「お疲れ様でした」
俺は表札を外して鞄に入れた。
せめて一緒にこの場を離れたいと思った。
俺には何もできない。
でも、最後の日に笑顔だったのなら。
それでいい。




