第20話 悲しみ
その数日後、高橋さんと俺は、お爺さんの部屋の整理をしていた。
お爺さんには子供がいたが、相続放棄したらしく、遺品の引き取りを拒否した。
遺品を引き取ってくれる人がいないので、全て捨てることになる。でも、一応は、一覧を作って、形だけの公売手続きをしなければならない。
家の中はグチャグチャで、ひとつひとつ整理していく。
すると、通帳が出てきた。
開くと残額は0円だった。お爺さんの財布には2,000円しか入ってなくて、きっとそれが全財産だった。
ブルーマウンテンNo. 1の2,500円。
その意味が分かった気がした。
家の中にはアルバムが沢山あって、中には奥さんや子供と思われる写真が沢山あった。きっと、奥さんは他界していて、子供とは疎遠。
高橋さんがダンボール箱にボンボンと遺品を放り込みながら言った。
「写真、沢山あるね。息子さんも薄情だよね。写真くらい引き取ってあげればいいのに」
「いや、そういうのも財物ですから。引き受けると、借金ごと引き受けることになっちゃうんですよ」
すると、高橋さんが首を傾げた。
「ふーん。薄情な法律だねぇ。そういえば、三条君、また来れるかな」
「どうでしょう」
三条君は今日は欠勤した。
理由は言わなかったらしい。
「ハエトリグモが死んでも休んでるくらいだからなぁ。厳しいかも。ちょっとこれ、玄関の方に置いてくるから」
そう言って高橋さんは、ダンボール箱をもって部屋から出て行った。
ゴーッと音がして、エアコンが動く。
大きくて古びたエアコン。
トリプルキーのこのマンションは平成築なのに、きっとエアコンは昭和時代に作られた。
俺はお爺さんのことを何も知らない。
でも、この部屋を離れたくないってことだけはきっと真実で。
それを思うと、三条君のハエトリグモのことさえ、本当なんじゃないかと思えてくる。
俺はこんなお爺さん相手に、この前、してやったと感じていたのか。
すごくやるせない気持ちになった。
片付けが終わると、もう夕方だった。
スマホにメッセージ。
課長からの夕食の誘いだった。
店にいくと課長にビールを勧められた。
「山路くん。仕事には慣れたか?」
「あっ、はい。でも今回のことで……」
「どうしたら」
「仕事が分からなくなったというか」
仕事として三条君に落ち度はなかったと思っている。でも、誰も悪くないのに、お爺さんは亡くなって、三条君は仕事を休んだ。
なんだか釈然としないのだ。
すると、課長がいきなり頭を下げた。
俺はなんで謝られたか分からなかった。
課長は言った。
「綺麗事を言うつもりない。これも競売の現実だ。でも、これは俺が見せるべき現実だった。それなのに、俺は山路君に甘いところばかり見せてしまった。すまない」
理由を聞いても、謝られた理由はよく分からなかった。
「ただいま」
家に帰ると、桜藍が出迎えてくれた。
いつもは仕事の話を聞きたがるのに、何も聞いてこない。
桜藍はただ、俺の背中に顔を押し付けて、すんすんと匂いを嗅いだ。
「春馬さん。頑張った人の匂いがする」
「まじ? 加齢臭かな……」
「ねぇ。ぎゅーってしていい?」
「ん、ああ」
桜藍がぎゅーっと抱きしめてくれる。
じんわりと温かさが伝わってきて、目尻がヒリヒリした。涙で上唇が塩っぱい。
ようやく理解した。
俺は、ただ悲しいのだ。




