第19話 お爺さん
今日は、三条君と立退交渉に来ている。
こじんまりとした喫茶店で、4人がけの席。
自家焙煎のコーヒーが人気のお店だ。
コポコポというコーヒーを淹れる音がする。
目の前には、70代のお爺さん。
もうすでに競売が終わっていて、うちが落札した案件だ。
だが、出て行ってくれない。
お爺さんはコーヒーをずずっと飲み干した。
「あっ、これ。お代わり。いやぁ、死んだ妻にもらったメモリアルなエアコンでね。是非、もって行きたいんだよ。電気屋に聞いたら、移設費用が30万円かかると言われちゃってぇ」
「いやぁ、うちとしても。引越し費用で準備できるのは18万円が限界なんすよ」
三条君の言葉に、お爺さんは眉を吊り上げた。
「15万? そんなはした金じゃ話にならないね」
このお爺さんはパチンコで身持を崩した。そして競売でうちが落札、所有権はすでにウチの会社にある。
債権者は工場を営むお爺さんの知人で、うちが限界の金額で落札した。
つまり、このお爺さんは、法的にはただの不法占拠者だ。
「そこをなんとか」
三条君が頭を下げる。
「だから、話にならないよ。もう帰るんで、ここの支払いしといて」
そう言い捨てると、お爺さんは帰ってしまった。
俺は伝票を手に取った。
俺と三条君のアイスティーが600円。
お爺さんのブルーマウンテンNo.1が2,500円。
合計3,700円。
なんだか釈然としない。
帰り道、三条君に聞いてみた。
「ねぇ、今回の物件って、うちの所有権なんでしょ? なら無理に追い出せばいいじゃん。あのお爺さんの態度、正直、どうかと思うんだけど」
すると三条君がレシートの写真を撮りながら答えた。
「それがっすね。強制執行すると、手間もお金もめっちゃかかるんっすよ。爺さんのマンション、オートロックでしょ。しかもディンプルと暗号併用の同時に開けないといけないやつ。あれ、マスターキーがないと交換に超お金がかかるっす。もはや嫌がらせっすね」
「なるほど。鍵のタイプも大切なのか」
「それに前に、ゴミを捨てた後に、債務者から貴重品も捨てられたとかイチャモンつけられて、うちの会社が裁判で負けたことがあるんすよ。だから、強制執行は最終手段っす」
「でも、お爺さん任せじゃ進まなそうだよ」
「まぁ、これがラストチャンスってなかなかご理解いただけないっすけど。うちとしては、毅然とした態度でやるべきことをやるだけっすね」
正直、退去費用をふっかけられているだけだ。
「じゃあ、任意売却ってどうなの?」
「任売できれば、それが最高っすよ。ま、普通に難しいっすけど」
課長、やっぱりやり手なのか。
中にはあの親子みたいに自力ではどうしようもない人もいるのに、あの爺さんは、お金が欲しいだけでしょ。ほんと、なんなんだよ。
俺はイライラして、口を何度も擦った。
それからお爺さんと連絡が取れなくなった。
数日に一回、玄関ドアに封印のシールを貼って、家賃相当額の損害賠償の請求書を置いてくる。
その度に封印のシールが破られていて、中に入られている。
だが、結局、お爺さんに連絡がとれず、退去期限が来た。
執行官立ち合いのもと、業者が鍵にドリルを入れる。すると、お爺さんがすっ飛んできた。
「おい、この盗人どもが。今すぐ帰れ」
三条君が前に出た。
「いえ。こっちももう後戻りできないんで。やるとこまでやらせてもらいます」
すると、お爺さんの口調が柔らかくなった。
「もう18万でいいから、なんとかならんかね」
やっぱり、金が欲しかっただけなんじゃないか。どうせ妻からもらったエアコンだって嘘に決まっている。
三条君は答えた。
「今更、どうにもなりません。こっちはもうそれ以上の費用がかかってますんで」
「死んでやる」
お爺さんはそう叫んで、三条君を叩こうとした。
三条君はお爺さんの手首を掴んで言った。
「死ぬなら、他で死んでください」
その言葉を聞いて、俺は胸のつかえが取れた気がした。
その翌日。
お爺さんの首吊り死体が発見された。
——今思えば、あれが。
不動産屋としての、俺の原点だったのかも知れない。




