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寝取られて壊れた俺に、あの子がいびつにハマってくる♦︎♦︎♦︎義妹を養うために、ブラック業界(不動産)で頑張ります!  作者: 白井 緒望


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第18話 案件

 課長が俺に指示した。

 耳が痛くなる程の大声。

 

 「おい。山路。ネグレクトだ。警察に通報しろ!」


 えっ。

 警察がきて捕まるのは、こっちなんだけど。


 課長が俺の胸ぐらを掴んで、ドアに押しつけた。


 「お前、やる気あんのか?! 俺らは、とるかとられるかの世界でやってるんだろうがよ」


 俺は耳を疑った。

 まるで任侠映画だ。


 すると、ドアノブが動いた。


 「もう開けますんで、やめてください」

 

 中から女の人。

 30代後半の痩せた女性だった。


 顔に苦労が滲み出ている。 

 覇気のない目つきに、俺は心臓が握りつぶされるようだった。


 「アンタ、奥さん?」

 課長は、相手が答えるよりも早くドアに足を挟んだ。


 「はい」


 「旦那は?」


 「あの人はいま出かけてて」


 「そうですか。奥さんと話したいことがあるんだけど」


 すると、奥さんがヒステリックな声を出した。


 「どうせ、私たちに出て行けっていうんでしょ。私たちに死ねっていうの? この人殺し!」


 『人殺し』

 その言葉に、頭の中が真っ白になった。


 「死ぬなら、今死ぬから! 死んでやる。あなた達のせいだから。ちょっと。ドアに足を挟まないでっ!」

 奥さんが何度もドアをしめようとする。


 そのうしろでは、子供の泣き叫ぶ声。


 「チッ」

 課長が舌打ちした。


 「お嬢ちゃん、こっちにおいで」

 課長は突然、子供に手招きした。


 この人、誘拐でもする気なんじゃ……。


 さすがに見逃せない。

 俺は腕に力を入れた。


 すると、課長は鞄からオモチャを出した。


 「これあげるから。あっちの部屋で遊んでおいで」


 「あの……」

 奥さんの力が緩んだ。


 バンッ。

 課長がドアを全開にした。


 「ねぇ、奥さん。旦那さんはどうせ女のところか飲み屋でしょ? あんた母親だろ。子供を守ってやれよ」


 「だって、そんなこと言ったって、わたしに何ができるの!」

 奥さんが叫ぶ。


 「あんたと子供が助かる方法があるから、俺たちは来てるんだっ!」


 一瞬の沈黙。

 奥さんの声のトーンが下がった。


 「……ほんとなんですか?」


 課長は名刺を出した。

 「飯島エステートの池田と申します。うちの会社のこと、あなたも知ってますよね?」


 「は、はい。CMで。あの、外だと周りの家にも聞こえるので中に入ってください」


 居間に通された。

 奥さんが台所にいくと、課長はメモを取り出した。


 覗くと、安全靴や作業着、仏壇。テレビのサイズ、日本酒の空き瓶のことなど、家の中の様子を片っ端から書いている。


 最後にはこう書かれていた。

 『室内破損。DVの疑いあり』



 「どうぞ」

 奥さんがお茶を出してくれた。


 ティーバッグの日本茶だ。


 「それで、さっきの話、本当なんですか?」

 奥さんは不安そうな顔をしている。


 「もちろん。あなたの家の債務は1,500万ほどですよね。他には何かありますか?」


 「主人の借金が200万円ほど」


 この家の旦那は、そんな状態なのに遊び歩いているのか。他人事なのに、気分が悪い。


 課長は腕を組んだ。

 「奥さん。競売の仕組みについては知ってますか?」


 「いえ」


 「競売っていうのは、言わば叩き売りなんですよ。ほとんどの場合、業者に相場の7割ほどで買い叩かれる。でも、任意売却っていうウルトラCがある」


 「じゃあ、みんな、その任意売却をすればいいじゃないですか?」

 奥さんは垂れてくる前髪を直して、ボソボソと言った。


 「放っておけば安くなる。そんな特価品を定価で買おうとするバカがいると思いますか? それに個人買主だとローンでコケる可能性が高い。そんな不確実な売買、債権者が首を縦に振りませんよ」


 「じゃあ、どうすれば?」


 「うちが買い取ります。ハイエナどもが群がる前に、現金でうちが買い上げる。このマンションの裏、墓場ですよね?」


 「はい。前に不動産屋さんに相談したら、だから高くは売れない。1,500万いかないって言われて……」


 課長はカーテンを開けた。

 すると、遠くの山が見えていた。


 「ほらっ。墓場はあるけど、この家からは見えないじゃないですか。墓場があると売れないっていうのは、半分都市伝説なんですよ。元から墓場の近くに住んでる人にはノープロブレム。売れる時は売れる。だから、うちは相場で買い取れる」



 カチカチ。

 時計の秒針の音が響く。


 「主人に相談してみてもいいですか?」


 「ダメです。こっちだってギリギリの金額で社運かけるんだ。今、決めてください。この家の権利者、奥さんなんでしょ?」


 「でも」


 「考えてみてくださいよ。こんな状況で遊び歩いているようなご主人ですよ。大金が手に入ったらどうなると思いますか? 最悪、旦那さんが消えて、あんたらには借金だけ残るかも知れない。うちなら、1,800万だせる。こんなに出せるのはウチだけですよ。奥さんの手元に100万円は残る。お子さんと2人でやり直せるチャンスですよ」


 奥さんは泣き出してしまった。

 すると、課長はどこかに電話して子供と遊び始めた。


 「2時間待ちます。その間にゆっくり考えてくださいな」

 さっきの高圧的な声とは別人のような、優しい声だ。


 30分ほどすると、奥さんが顔を上げた。

 「売ります。どうすればいいですか?」


 課長はアタッシュケースから小型のプリンターを出した。無言でプリントして製本していく。10分ほどで契約書と重要事項説明書が完成した。


 「実は待っている間に担当部署に契約書を作らせたんですよ。あっ、売買価格を1,850万円にしておきましたんで。お子さんの習い事にでも使ってください」


 その後、課長が宅建士証を提示すると、奥さんは子供を抱きしめて何度も頷いた。


 重要事項説明をして、1,850万円の売買契約書に奥さんの実印を押してもらった。


 「契約書はうちの社判を押して、後ほど司法書士がお持ちします。手続きが終わり次第、満額を入金しますから。奥さんは鍵のオリジナルをうちに送ってください。今は電子契約もできるけれど、手元に契約書があった方が、奥さんも安心できるでしょう?」


 課長は笑った。

 子供のような笑顔だった。


 玄関で靴を履きながら、課長が言った。


 「立ち退き猶予をもうけますんで、奥さんはご主人に内緒のまま引っ越した方がいいかも知れませんね。必要なら知り合いの警察官に話を通しますよ。この家のことは当社でなんとかしますんで、ご心配なく」


 ドアが閉まる瞬間、奥さんが頭を下げているのが見えた。



 帰り道。

 課長に聞いた。


 「なんで奥さんが権利者って分かったんですか?」


 「登記簿みれば分かるでしょ? それにこの家の旦那は、おそらくクレジット滞納で個人信用情報に傷がついてるからね。ローン組めないし、こういうケースは奥さん名義の可能性が高い」


 「なんかすごく高く買い取ったみたいだけど、良かったんですか? 最後に50万円上乗せまでしちゃって」


 「このマンション。私の知り合いの不動産屋が客付けしててね。この前、3,000万の案件が売主都合で流れたんだよ。お客さんはまだ欲しがってる。200万でリフォームしたとして、いくら残るか分かる?」


 「丸儲けじゃないですか」


 「慈善事業じゃないんだよ。金だよ、金」

 課長はそう言うと、人差し指と親指で輪っかを作った。

 

 俺、やっぱりこの人のこと、好きになれないわ。



 家に帰って桜藍に今日あったことを話した。

 すると、桜藍はエプロン姿のまま俺の前に座って、ウンウンと頷いて言った。


 「それは大変でしたね。お仕事、続けられそう?」


 「今でも子供の泣き声が耳から離れないよ。でも、あのまま競売になったら、きっともっと酷いことになってた」


 「無理してない?」


 俺は首を横に振った。

 「大丈夫。平気だから」


 こうして帰る場所があるから。

 多少の無理なんて、なんでもない。


 「あまり無理はしないでくださいね」


 「うん。ありがとう」


 「いざとなったら、わたしがオジサンとお話するバイトしますので」


 「……絶対にやめられないじゃん」


 桜藍は口を綻ばせた。

 


 

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