第16話 初出勤
「山路くん。ここが君の席だから」
教えてもらった住所は、都内の雑居ビルだった。
1階と2階は風俗店で、3階に飯島エステートの不動産競売部がある。
階段には足跡だらけのビラや空き瓶が散乱していて、あの綺麗な本社ビルとは全然違う。
オフィスはファミリータイプのマンションほどの広さて、10名ほどが勤務しているらしい。
入り口ドアを開けると、まず忙しく動き続けるコピー機と、けたたましく鳴り響くファックスが目に飛び込んできた。
次に皆が一斉に顔をあげ、俺を睨んだ。
一瞬、部屋が無音になる。
ごくり。
俺は唾を飲み込んで、お辞儀をした。
「あの、私、山路といいます」
数秒後には視線を戻し、皆んな無反応で仕事を再開した。
(ここ、ヤバいかも知れない)
俺の目の前には、いかにも不動産な雰囲気の中年男性。この小太りな人が俺の直属の上司らしい。
「あー、わたしが課長の池田です。分からないことは、そこの高橋くんに聞いて」
すると、課長の隣の女性が立ち上がった。
俺と同い年くらいの金髪混じりの女性。顔立ちは悪くないが、どことなく疲れている。
「高橋です。3年目。何かあったら、聞いてね」
それと今日は欠勤だという半年前入社の三条君。俺を含めたこの4人が、チームらしい。
「三条君はまた休み?」
課長が聞くと高橋さんが答えた。
「なんか、ペットのハエトリグモが死んだとかなんとか……」
「ハエトリグモって、あの2ミリくらいの蜘蛛だよね?」
「そうですね」
「あんな小さな命のために会社に来れないなんて、三条君は本当に優しいなぁ」
この殺伐とした雑居ビルとは真逆の朗らかな空気が漂う。
「ちょっと高橋君。三条君に電話かけて」
電話が繋がると、課長は受話器を耳に当てた。
きっと、優しく諭すのかな。
一瞬の沈黙。
課長の口が動く。
「てめぇ、この野郎! お前が来なくて債務者が飛んだら責任とれるのか、ごらぁ!!」
「で、でもあまり追い込むと……死なれたら困りますし」
電話の向こうから三条さんの声が聞こえる。
課長がバンッと机を叩いた。
「今から行って、お前の蜘蛛でも放り込んで来い。ん? 死ぬって言ってる? 落札された後も図々しく居座るような奴が死ぬかよ。死ぬなら他で死ねって言ってやれ!」
課長は受話器を投げつけた。
怒声の余韻が狭いオフィスに響き渡る。
でも、誰も振り向きもしない。
高橋さんは?
さすがにこれが異常だと気づくだろう。
すると、高橋さんはネイルを塗りながら、下敷きでパタパタと扇いだ。
「あ、ここはね。競売にかかった物件を落札して、中の人を追い出す部署なの」
……マジかよ。
ここ、ブラックなんてレベルじゃないぞ。
——でも、俺に逃げ場はない。




