第15話 試練
自分の脳細胞が加速していく。
リスクは?
労力に見合うのか?
それまでの間にどんな業務をする?
俺は我慢できる?
いや、違う。
これは全部、間違いだ。
俺はまた正論をかざそうとしている。
もっとシンプルなんだ。
俺は桜藍に理想の女の子になって欲しい。そのためには、金と仕事がいる。
必要なのは——。
引き受ける覚悟。
そのひとつだけ。
「やります」
俺はそう答えた。
「へぇ」
飯島は、ただそう言った。
「でも、俺はアンタを信じるんだ。裏切ったら許さない」
パチパチ。
飯島が手を叩いた。
「山路、ふざけるなよ。お前に言われるまでもない。本気で信じてチャレンジしたから、俺たちはここまで来れたんだ」
「そうですか。であれば、俺はそれを信じるだけです」
飯島が背中を向けた。
「山路、お前。少し変わったな。正直、今回もそれらしいことを言って逃げ出すかと思ってたんだよ。俺が戦ってる世界には、『やるか、やらないか』しかないからさ」
「変わったのかな」
「あぁ、小さいけど確実にな。お前を変えたピースは何なんだ?」
俺はピンクの巾着袋を見た。
「さぁね。変わったとしたら。あの日、叔父さんの電話に出たからだ」
飯島は首を傾げた。
「相変わらず、意味が分からないヤツだな。あ、お前、まだ柚子と付き合ってるの?」
「いや、別れた」
「そうか。まぁ、大学の頃の柚子は、あの時のお前の言うことを丸ごと信じてたからな。会うのが早すぎたな」
どういう意味だろう。
柚子が俺を信じていた?
いやいや、普通に裏切られただけだ。
すると、秘書の女性が立ち上がった。
「社長、プライベートに立ち入り過ぎです。自重してください」
「あぁ、こわいこわい。じゃあな。山路」
そういうと飯島は出て行った。
えっ。
俺は落ちたのか?
裏切ったら許さない、なんて挑発したから。
怒らせてしまったのかも。
「はぁー」
俺よりも先に杉山が息を吐いた。
「ほんと勘弁してよ。山路君が社長を挑発するような事を言うから。生きた心地がしなかったよ」
「俺、落ちたのか?」
誰も答えてくれない。
秘書の女性が書類を整理しはじめた。
……そうか。ダメだったのか。
杉山がゆっくりと首を横に振った。
「採用されたの?」
俺の声は震えていた。
すると、秘書の女性が立ち上がった。
「採用です。不動産競売部はハードですが、当社がスタートした時の事業です。それだけ期待されているということですので、しっかりと……」
「まじかよ。ハラハラさせないでくれよ……」
「山路くんも、変わらないね」
女性が微笑んだ。
その顔を見ていて、気づいた。
「あの、もしかして。貴女も杉山さんなんですか?」
女性はクスクスと笑って、頭を下げた。
「わたしは杉山一希」
「ってことは?」
「ここにいる杉山元吾の妻です」
「ゼミで一緒だった杉山さん?」
「ええ。貴方のおかげで夫と出会えた一希です。主人の横では紛らわしいんで、名前で呼んでください」
俺は力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「ふざけるなよ。これじゃあ、同窓会じゃねーかよ。さっきの沈黙は何よ? とんだ三文芝居だぜ」
杉山が笑った。
「悪いね。まぁ、普通に不採用って線もあったからね」
「そうか。良かった」
俺はしばらく立てなかった。
帰り道。
オフィスを出て、すぐに桜藍に電話した。
「採用されたよ」
電話口の嬉しそうな声。
「じゃあ、今夜はご馳走にしましょう!」
「いや、まだ弁当食べれてないんだよ。緊張して食欲でなくてさ」
「分かりました。じゃあ、お夕飯で一緒に食べましょう。早く帰ってきてくださいね。あっ、お酒飲んじゃいますか?」
「お酒はいいや」
この舞い上がった気持ちで酒を飲んだら、どんなことになるか。
俺は自分の口が綻んでいることに気づいた。
桜藍が喜んでくれると、俺は嬉しいらしい。




