第13話 真緒。
「あれっ。真緒だ」
「えっ?」
「春馬さん。この子、前に話した高校の友達の」
桜藍は店員の子の肩に触れた。
真緒は唇に指を当てた。
桜藍と俺を交互に見る。
「ええーっと、あぁ。なるほど。そういうこね。って、わたしヤバいじゃん」
「どうしたの? あの、さっき彼女がどうとかって」
桜藍が首を傾げた。
「いやっ。わたし勘違いしちゃって。初めてのお客さんなのに、女連れの常連さんと間違えちゃったっていうか。ねっ、大将もそうだよね?」
おいっ。
反省した直後なのに、地雷を撒き散らさないでくれ。
すると、大将も頬をかいた。
「あ、あぁ。そうだ。初めてのお客さんだ!」
大将、ごめん。
演技力が足りてないです。
ガタッ。
大将が桜藍の前に皿を置いた。
「お嬢さん、これさっきのメニューのお詫び。サービスだから」
しゃこ貝の器に、穴子やベビーホタテ、タコや玉子焼きが山盛りのったサラダだ。メニューにのせたら、2〜3,000円しそう。
「わぁ。すごく美味しそう。おじさん、ありがとうございます」
桜藍がお辞儀をすると、大将の目元が垂れ下がった。
「いやぁ、おじさんの娘も同い年だからね。君たちがあまりに親密そうだから、心配しちゃったよ。不適切な関係なんじゃないかって。なぁ、真緒」
って、大将も暴発するところだったのか。
すると、大将が俺にウィンクした。
それにこの豪華サラダのチョイス。
この人、意味深すぎる。
えっ、真緒?
呼び捨て?
まさか。
真緒が手を横に振った。
「ちょっと父さん、お店では他人のフリしてって言ってるじゃん」
どうやら、この2人は親子らしい。
この無骨な大将から、ずいぶんと可愛い子が産まれたものだ。
ということは、隣の板さんがお兄さんか。
「はぁ」
なんだか、どっと疲れた。
真緒が桜藍に耳打ちした。
「それで、どうなの?」
普通に声が聞こえている。
「えっ、その、違うし」
桜藍が髪を揺らす。
「だって、可愛くて意識しちゃうとか言ってたじゃん」
……意識しちゃう?
桜藍がこっちを向いた。
顔が真っ赤だ。
って、まさか、桜藍。
俺のことを……?
桜藍がフルフルと首を横に振る。
「違うんです。春馬さんがたまにタオル一枚で歩き回ってるから、目のやり場に困ってしまって」
あぁ、そういうことか。
家の中だからって、これからは気をつけないとな。でも、桜藍がいない時だけのはずなんだけれど。
「ごめん、それは俺が悪い。今後は注意するよ」
すると、真緒が後ろで手を組んだ。
「そっか。じゃあ、そういうことにしておいてあげる」
「そういうことなのっ!」
すると、周りのお客さんも笑い出して、店の中が和やかになった。
真緒は値踏みでもするかのように、俺の周りを回った。
「ふーん。あなたが例の春馬くんね。ちょっと前は尻に敷かれ過ぎだったところはあるけれど、よく見たら顔も整ってるし。いいんじゃない? 桜藍は面食いじゃないから、心配してたの」
前は?
……柚子とのことか。
この子、見事に地雷を踏んでくれる。
俺は桜藍を横目で見る。
桜藍の顔が真っ赤になった。
「春馬さんとは、そういうのじゃないですし。わたしを大切にしてくれる恩人というか。大切な存在っていうか」
「ふーん。まぁ、最愛のお兄様だもんねぇ。このブラコン妹めぇぇ! あ、大将。この2人、いかがわしくない兄妹だから。安心して」
真緒は桜藍に抱きついた。
すると、隣で握っていた板さんが、ぼそっと呟いた。
「こんな可愛い妹がいるとか、羨ましすぎますよ。うちのなんて粗暴すぎ」
「はぁ? 兄貴っ。こんな可愛い妹がいて何てこと言うのさ。うちの高校の男子に人気があるランキング、桜藍がダントツだけど、わたしだって5位なんですけど?」
真緒が声を荒げると、板さんも返す刀で言い返す。
「は? どうせ女子が5人しかいないんだろ?」
板さんがこっちに向いた。
「あの、俺は匠って言います。一応、こいつの遺伝上の兄でして。お互いに苦労しますね。妹がいる同士、宜しくお願いします」
「わ、わたしは苦労させてないですよね?!」
必死な桜藍。
また店の中が、笑いに包まれた。
——兄妹、妹か。
分かっていたことだけれど。
そのラベリングは、少しだけ寂しい。
俺、いつのまにか欲張りになってるみたいだ。




