第127話 その後
——最終出社日。
三条君と次長と葛城が、ビルの入り口まで見送ってくれた。
「よいしょ」
俺は抱えた箱を膝で持ち上げた。
箱には、私物が入っている。
100均でかった小物とか。
捨てるか迷ったが、結局は持ってきた。
ビルを見上げると曇り空。
「アッと言う間だったな」
大変なことばかりで、何度も辞めたいって思った。でも、本当に終わるかと思うと、関わった人たちの笑顔を思い出した。
宮園さん。
ずっと住んでくれるといいな。
葛城が追いかけてきた。
「どうした?」
「どうしたじゃないです。何でも言うこと聞いてくれるっていう約束、忘れないでくださいね」
そう言うと、葛城は会社に戻って行った。
葛城に元気を出して欲しくて、安請け合いしちゃったんだ。変なことを頼まれないといいけど。
♦︎
最寄駅につくと、電話がきた。
睦月だ。
「春馬先輩。会社での葛城さんはどう?」
「あぁ。なんとか大丈夫そうだよ。内海部長もいなくなったし、杉山の口外禁止も効いてるみたい」
「良かった。陣野さんの方も、あんなに余罪があるとは」
「解雇になったのは、さすがにビビった。でも、睦月って強いんだな」
「え。どうして?」
「だって、葛城に言いにくいことまで聞いたし」
「それって、わたしは冷たい女ってことじゃないですか」
「いや、ちゃんと相手に落とし前つけさせただろ? そういうのが、本当の優しさなんだと思うよ」
「ふうん。素直に受け取っておきます。内海さんの方は、起訴されましたし、もう会社に戻ることはないと思います」
「これからどんな感じになるの?」
「やったことも悪質ですし。特に、葛城さんが春馬先輩に送った『助けて』メッセージの存在が大きいです。おそらく重い判断になります。っていうか春馬先輩。なんだか息が荒くありませんか?」
「私物を入れた箱が重くて。もっと捨ててくれば良かった」
「手伝いましょうか?」
「手伝い? お前、どこにいんの?」
「……」
ん?
何かの声。
俺は耳を澄ました。
『あと200メートルで、甲州街道に入ります。その後、給田の交差点を……』
ナビの音声。
「睦月。なんかご近所の地名が聞こえるんだが。うちに来たりするなよ?」
「チッ」
舌打ちしやがった。
「むやみに舌打ちしちゃいけませんって、お母さんに言われなかった? ま、そういうことだから回れ右で」
「違います。ちゃんと用事があるんです。内海さんの件、民事の方で春馬先輩に証人を頼むかも知れませんので」
「葛城は和解を拒否したしな。分かった。じゃあ、また後でな」
「はい! せっかくですので、お疲れ様会でもしませんか?」
うっ。
正直なところ、誰かと飲みに行きたい気分だ。
でも、睦月か……。
「わかった。でも、お前、車なのに平気なの?」
「べ、べつに。大丈夫ですけど……?」
「運転できないからウチに泊めてとか、歩けないからホテル行きたいとか。そういうのナシでお願いな」
「春馬先輩、わたしのこと何だと思ってるんですか!? どーせ、わたしは可愛くないですから」
あ、拗ねた。
「違うよ、逆。優しくて頼りになって、可愛すぎる後輩だよ。『過ぎる』から適切な距離感が必要なの」
「えっ。ちょっと、それって……。コンビニに可愛いパンツって売ってるかな」
なにやらボソボソ言っている。
「売ってないし、必要ないから。じゃあ、2名で居酒屋を予約しとくよ。あ、ビジホのシングルルームも予約しとくな。気をつけてこいよ」
「え。シングルルーム? ダブルの間違いじゃなくて?」
「あぁ、シングル」
「春馬先輩って、たまにドエスですよね。でも、そんなところがまた……キャッ」
睦月はそういうと、電話を切った。
「俺は、君のそういうところが残念ですよ」
俺は呟いた。
すると、また電話がかかってきた。
「葛城。どうした?」
「あの、わたし、お願い思いついたんです」
「なに?」
世の『思いついたこと』の大半は、『思いつかない方が良かったこと』だと思う。
何がくることやら。
俺は唾を飲み込んだ。
「リフレッシュしたいので、遊びに連れて行ってください!」
「別にいいけど」
(意外に普通のことだな)
「え? いいんですか? ドキドキして損した」
「そんなに驚くことじゃないだろ」
「だって、初デートですよ」
「……は?」
「そういうことで! 明日、楽しみにしてますから。ヤバい。エステいかないと」
「ちょっと待って!」
「ツーツー」
一方的に切りやがった。
ったく。
どいつもこいつも。
空が明るい。
「あれ、いつの間にか晴れてる」
唇に触れると、綻んでいた。




