第125話 助け
内海部長の声。
「ち、ちょっと。山路君。へんなこと言い出さないで」
俺は葛城の顔を見つめた。
葛城は床を見た。
でも、数秒して顔を上げると、俺と視線を合わせた。
「あの日、同行の後に部長にお酒に誘われて……」
「き、きみっ。何を言い出すの!」
部長が声を荒げた。
葛城の肩がビクッとすくむ。
「葛城。大丈夫だから」
俺が声をかけると、葛城はまた話を始めた。
「そのあと、一杯、飲まされて……気づいたらホテルで下着だけになってて」
「ちょっと葛城君。なんで今更、そんな大事なことを言い出すの!!」
怒鳴ったのは委員長だった。
「ひっ……」
葛城は手に持っていたハンカチを握りしめた。
「いまさら証言を変えたら議論が台無しでしょ。事実認定や処分がおかしくなったんだ。君の責任は相当に重いよ?」
バンッ。
委員長はテーブルに資料を置き直した。
葛城はまた肩をすくめて、目をギュッと瞑った。唇の端が震えている。
……ここまでか。
これ以上は、葛城に負担がかかり過ぎる。
俺は手を上げた。
「あの、委員長。ここからは弁護士の同席を要求します」
「はぁ? そんなのどこにいるの?」
委員長の声が裏返る。
「会社のすぐ外で待機してもらってます」
バンッ。
委員長はテーブルを叩いた。
「却下! 部外者の参加を認める訳ないでしょ」
「本件では、誘導疑問、録音禁止、無言による圧迫などがあります。それだけで必要性は十分だと思いますが」
「あのね。弁護士の参加は委員長が決められる。社内規定にもあるでしょ」
「私も当初はそのつもりでした。ですが、内海部長の行為は犯罪だ。もはや私だけの問題じゃないし、事情が全く異なってきます。もし、それでも拒否するなら、この査問会は性犯罪者を組織ぐるみで庇うための委員会だと、委員長自身が認めることになりますが、宜しいですか?」
「山路君。君もこの会社の一員だろ? それなのに、なんだその脅迫まがいの言い方は」
「いや、俺はもう懲戒解雇ですから。一員じゃなくなりました」
「それは葛城君の虚言で、些細な行き違いなんだよ」
「解雇を取り消すんですか?」
一瞬、委員長の口元から力が抜けた。
「まあ、君の態度次第では、それもやぶさかじゃないんだが」
「そうですか。拒否します」
「……えっ?」
「だから、解雇の取り消しを、拒否します」
「そんな我儘が通るわけないだろ」
委員長はペンを落とした。
「委員長はご存知ないんですか? 会社が懲戒解雇を取り消したとしても、社員側は拒否できるんです。と、いうことで弁護士を呼びますので」
「いや。葛城君のことを考えたまえ。年頃の女の子なんだよ。そんなプライベートなこと、恥ずかしくて部外者に知られたくないだろ?」
「弁護士は葛城と同じ20代の女性です。むしろ、心強いかと。葛城も問題ないか?」
葛城は少し迷った様子で、頷いた。
俺は睦月にメッセージを送った。
——既読にならない。
心拍数が上がっていく。
「来ないじゃないか」
委員長がせせら笑う。
5分後。
コツッ、コツッ。
足音がしてドアが開いた。
睦月だ。胸に弁護士バッジをつけている。
(はぁ、心配させるなよ)
俺は手のひらの汗を膝に擦り付けた。
「今回、山路さんからご依頼を受けた弁護士の市川睦月と申します」
睦月はそういうと、パイプ椅子を動かして勝手に葛城の横に座った。そして、葛城の背中に手を添えた。
「私たちとしましては、今回、訴訟も視野に入れて準備を進めています」
睦月は葛城に膝掛けを渡した。
「訴訟? 言いがかりをつけられて、訴えたいのはこっちなんですが」
内海部長の声。
唇が上下の均衡を取れずに震えている。
「葛城さんはどうしたい? 私は春馬先輩が負けたくないっていうから、その応援にきたんだ。あなたも同じ気持ちなら、私がサポートするよ?」
葛城は睦月の手を握った。
ギュッとなって指先が反っている。
「わたしも先輩の応援したいです。わたしのせいでこんなになっちゃったけど、負けてほしくない」
「そう。ありがとう。あのね、あの日、あなたと内海部長の間に何があったか、それが今回の争点なの。辛いと思うけど、お話できるかな?」
葛城は頷いた。
バッグから小さなペットボトルを出して、一口飲んだ。ゴクリと喉元が動く。
葛城の唇がゆっくりと開いた。




