第123話 査問会。
駅近くのカフェ。
目の前には睦月がいる。
「今日はありがとうな」
「いえいえ。現状、圧倒的に不利な状況です」
「分かってる」
「特に、葛城さんが、内海部長の主張を認めてしまってるのが痛い」
「仕方ないんだよ。きっと事情があると思うし」
「それで確認しておきたいんですが、ここから巻き返すとなると、会社と春馬先輩の関係の悪化は避けられません。もしかすると、会社にいられなくなるかも知れない。……それでもいいんですね?」
「ああ。それで構わない。ただ、告発した内海部長はどうにかしたいんだが」
「分かりました。例の可愛い後輩のためですね。はぁ、わたしに他の女の世話を頼むとか。高くつきますよ?」
「お手柔らかに」
「無理です」
俺はメールを開いた。
『3/25 第5回 査問委員会開催のお知らせ』
13:30。
開催30分前だ。
今日は、部長と葛城も来る。
「はぁ」
ため息が出た。
どちらにも顔を合わせたくない。
「大丈夫ですか? 1人でできますか?」
「あぁ。自分のことだからな。睦月は、どこかで待ってて」
睦月も時計を見ると、荷物をまとめ始めた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
♦︎
13:55 会議室。
正面には委員長の陣野人事部長。
その両サイドには、井上さんともう一席。規定により取締役が来るらしいが、所用で遅れているとのことだ。それと数名の役職者がいる。
ガチャ。
ドアが開いて、内海部長と葛城が入ってきた。
2人は1メートルほど後方。
俺からはどちらの顔も見えない。
「定刻になりましたので、第5回 査問委員会を開催します。本日は、関係者立ち会いのもと、処分の決定を行う予定です」
委員長が宣言した。
井上さんが続く。
「前回の査問会では『俺が嫉妬してやりました』という山路課長自身の発言がありました。また、内海部長から、抜けた奥歯の提出を受けています。それらを前提にして、当委員会が認定した事実をご説明申し上げます。お手元の資料をご覧ください」
スタッフから資料が手渡された。
ヒアリングの議事録だ。俺の署名押印がある。
俺は資料を開いた。
『①俺と葛城の交際、②内海部長の現調への同行、③嫉妬による逆恨み、④暴行による負傷、の4項目に別れている』
委員長が言った。
「①については、両当事者が認めています」
「付き合ってるなんて言ってないです」
葛城の声。
「今回は、認定された事実の伝達です。異議には前回までに十分な時間を設けていたはずですが?」
「でも」
委員長は無視して言葉を続けた。
「②の同行には争いなし。③の嫉妬についてと山路課長が同様の発言をしている。④については『歯』の物証があるんですし、争う余地はない。山路課長、何か弁明はありますか?」
「正直、不満だらけです。①の交際の前提になる好意についても、完全な誘導尋問です。要は、葛城を『彼女』と呼んだことの挙げ足取りじゃないですか」
俺は話しながら、苛々して、どんどん早口になった。
「どこがですか。君が自分の口で『ないとは言えない』と言ったんじゃないですか。じゃあ、山路君は、葛城君に対して恋愛感情は皆無ということですか?」
俺は葛城の方を見た。
縋るような目で、ハンカチをギュッと握っている。
「……答えたくありません」
俺はそう答えた。
委員長は一段高い席から、俺を見下ろした。
「否定できないってことは、肯定しているようなものだけどね。まぁ、争いがないなら、それでいいです。では、委員会の決定を伝えます」
会議室の中が一瞬、ザワついた。
「もう不動産業界は諦めた方がいいよ」
背後から、内海部長の呟きが聞こえた。
委員長は続ける。
「本査問会は山路課長に対して、『懲戒解雇』が相当と考えます。理由としては、その暴力的な性格。また、歯が抜ける程の被害。暴行ではなく、刑法上の『傷害』に当たるのは明らかです……」
説明は続いていたが、頭に入ってこない。
降格くらいは覚悟していたが、まさか懲戒解雇とは。さっきの部長の発言、こういうことか。
「そんな。約束が違う」
葛城の声は震えていた。
「約束?」
委員長がメガネを下げて葛城を凝視する。
「だって、部長の話を認めたら悪いようにはしないって言ったじゃないですか!」
葛城は立ち上がった。
「あぁ、そのことか。今回のことで、葛城君には一切のお咎めはなし。それに、わたしも心が痛いんだよ。でも、奥歯が抜ける程の暴力を見逃すわけにはいかない。君も社会人なんだから、それくらい分かるでしょ?」
ガタンッ。
葛城は崩れるように、椅子に座った。
手に持っていたハンカチが床に落ちる。




