第120話 詰問
ヒアリングはそれからも続いた。
数日に1度のペースで不定期に呼び出される。
最初のヒアリングの後、「関係者から苦情が出ているので、葛城君には連絡や接触をしないように」と言われた。
葛城からの着信もなくなった。
会社ですれ違っても、葛城は寂しそうな顔で俺を見ているだけだ。
部長は既婚者だ。
経緯はどうあれ、葛城と部長がホテルに入ったのは事実。それだけで葛城を面白おかしく『既遂、有罪』と決めつける輩は少なくない。
そんな姿は見たくない。
ヒアリングでは、手を替え品を替え同じような質問が繰り返される。そのうち、ヒアリングの呼び出しは、委員会と名前を変えた。
どこかで足場を仕入れたのだろう。
何回目かで質問者の席が、一段高くなった。
『3/19 第4回目 査問委員会開催のお知らせ』
また通知が届いた。
なんとか自分を奮い立たせて、尋問席につく。
目の前には陣野人事部長。
「陣野部長、こうしてヒアリングを複数回に分ける必要はあるんですか?」
「君に十分な弁明の機会を与えたいんだよ。後から文句を言われても困るからね」
回を重ねるごとに不満は募るばかりだ。
また今日も、私怨、嫉妬についての質問が続く。
「争点をすり替えないでください」
「なにもすり替えていないでしょ。最初から争点は、『君が嫉妬で凶行に出たか』なんだから」
——もう我慢の限界だ。
ガタンッ。
俺は立ち上がった。
「だからそれが違うんですって! 内海部長が葛城にホテルで不適切な行為を迫ったってことが問題なんですよ!」
人事部長の瞼がわずかに開く。
瞳が俺を凝視している。
「君ねぇ。思い通りにいかないからって、こともあろうか被害者に責任転嫁はダメでしょう。正直、不快だよ。それだけのことを言うんだ。当然、証拠はあるんだよね?」
「いや。それは……。でも、葛城に聞いてもらえば」
「違ったら、謝罪くらいじゃすまないよ? 内海部長に名誉毀損で訴えられてもおかしくない発言だ」
「分かってます」
人事部長は手を払った。
「井上君。葛城君を連れてきて」
(よかった。葛城が証言してくれれば、状況がひっくり返る)
そう思うと、息苦しさが少しだけ楽になった。
ギィ。
会議室のドアが開いた。
井上さんに連れられて女性が入ってきた。
葛城だ。
その顔を見て、ホッとした。
葛城が俺の横に座ると、委員会は再開された。
葛城は、目の下にクマをつくっていた。
手にハンカチを持っている。
「先輩、ごめんなさい」
手に力が入って、ハンカチが歪んだ。
「いや、葛城のせいじゃ」
「雑談はやめて」
人事部長の声。
人事部長は、葛城を上から下までゆっくり見てから、口を開いた。
「葛城くん。仕事中に悪いね。山路君が、『君と内海部長が、ホテルで不適切な行為をしていた』と言うんだけど」
ひどい歪曲だ。
俺は人事部長を睨んだ。
葛城の声が震える。
「先輩。ひどいよ。……ほんとは、そうだと思ってたんだ?」
横目で俺を見ると、葛城は太腿に爪を立てた。チチッと音がして、ストッキングに白い線が残る。
「そこ、雑談しない!」
人事部長の声に、葛城の肩がすくむ。
「ごめんなさい」
葛城は、目を細めて人事部長の方を見た。
口元がかすかに綻んでいるように見えた。
「で、葛城君。内海部長とホテルに行ってそういうことしてたの? 相手は既婚者だからね。それならかなりまずいことになるけれど」
「いや、あの」
「『あの』じゃ分からない。イエスかノーで答えて」
「でも」
「大丈夫。わたしは君の味方だから。山路君のことも、最大限配慮するって言っただろう?」
人事部長は葛城に笑顔いかけた。
トントン。
人事部長が指先をテーブルに当たる音だけが、会議室に響く。
静まり返った会議室。
20秒ほどの沈黙が、数分に感じられた。
葛城が頷くと前髪が揺れて、「ハッ、ハッ」という息遣い。手のひらを鎖骨の辺りにあてて、グッと押すようにした。
「ノーで……す。絶対に部長とそういうのないです……」
葛城の声が遠い。
横を見ると、葛城の瞳は落ち着かなく動いていた。
俺は自分の手のひらを見た。
指先が震えていて、どんどん力が抜けていく。
「よく正直に言ってくれたね。あ、井上君。わたしの最後の発言は削除で。山路君に肩入れしてるみたいに見えるから」
葛城の肩が上下している。
「先輩、ごめんなさい。わたし怖くて」
人事部長は葛城に質問した。
「あ、ついでにこれも確認しておこうか。葛城君は山路君と恋愛関係……君は山路課長に好意を持っているんだよね?」
葛城がギュッと目を閉じた。
唇の端が歪んで、涙がたまっている。
「人事部長。その質問は越権です! 葛城の質問は終わりにしてください」
俺が声を荒げると、人事部長は面倒臭そうな顔をした。
「山路君がそういうなら、仕方ないね。葛城君。ありがとう。もう戻っていいから」
人事部長に促されて、葛城は戻って行った。
部屋のドアが閉まる瞬間。
葛城はハンカチで涙を拭っていた。
「んで、どうなの?」
人事部長の声。
部屋が静まり返った。
パチリ。
たまにキーボードの音がする。
「あの……」
自然に口が開く。
俺はもう限界だった。
水が高いところから流れるみたいに。
自然に動く。
喉が渇いたな。
早く解放されたい。何か飲みたいよ。
俺は答えた。
「俺が嫉妬してやりました」




