第119話 くせ
出社すると、すぐに専務に呼び出された。
「山路君。内海部長が暴行被害を申し立てたって話は聞いているか?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」
「事情は後で聞くから。これから人事部長のヒアリングがあるから行ってきなさい」
♦︎
13:15
「失礼します」
会議室のドアを開けると薄暗かった。窓に掛かるブラインドカーテンは閉められている。
促されて椅子に座ると、俺の上のライトだけ明るかった。
人事部長が口を開いた。
「私は人事部長の陣野だ。彼はコンプラ担当の井上君。では、さっそく始めようか」
目の前には人事部長と担当者。
部屋には3人だけだ。
「あの、内海部長とか葛城さんはいないんですか?」
すると、人事部長が答えた。
「部長がいると、君も話しづらいでしょ? 私達は君の味方だからね」
「はい」
「今回、君が嫉妬したという葛城君は、君の部下だよね?」
「はい。彼女の入社当時、私がメンターをしていました」
「『カノジョ』? 君、いつもそんな呼び方をしてるの?」
「いえ、単なる代名詞です」
担当者はチラッと俺の顔を見ると、PCに何かを打ち込む。
「物は言いようだね。関係者からのヒアリングで分かったことなのだが、君は葛城君に恋愛感情を持っているね?」
関係者?
部長? 葛城?
それとも他に誰かいるのか?
「そんな個人的な事情が関係あるんですか?」
「あるから聞いてるんだよ。浮ついた気持ちは全くないの?」
「……」
「ねぇ。聞いてるの? 彼女の方は肯定してるのに、君は否定するんだ? 『発言に矛盾あり』と。井上君。これ記録して」
人事部長は咳払いをした。
「こほん。ふむ。葛城君が嘘をついてるということか。これは彼女には念入りに聞かないとね」
——『ない』と答えれば、簡単なのに。
いつも葛城に助けられてるのに。
否定すれば、葛城の負担になる。
「……全くないとは言えません」
「これは、一般的な話なんだけどね。恋愛関係にある女性が他の男と密室にいたなら、普通は嫉妬するよね?」
「一般的にはそうですね」
「嫉妬の結果、殴ったりとか。そういう事件が多いことは知ってる?」
「まぁ、そうなんじゃないですか?」
「山路君は一般人だよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、山路君は内海部長と葛城君の同行に強い嫉妬を覚えたということだね?」
は? どうしてそうなる。
「人事部長、話が飛躍しています」
(これ、録音しといた方が良さそうだな)
「そんなことはないでしょう。私は君自身の口から出た言葉を、君にも分かりやすく整理しただけだよ。あっ、それと……」
人事部長はそう言いながら、井上さんに目配せした。
「なんでしょう」
俺はポケットに手を入れて、スマホを掴む。
すると、井上さんは手を振って制止した。
「あっ、ちょっと。ここでの録音はご遠慮ください」
「どうしてですか?」
「記録はこちらでとってますので。山路課長は、ヒアリングに集中してください」
「それ、おかしくないですか?」
トンッ。
テーブルを叩く音。人事部長が口を開いた。
「個人的な内容が多分に含まれるからだよ。これは、さっき君自身も言っていたことじゃないか」
「……」
俺はテーブルの下で拳を握った。
「それで、君が感じた嫉妬心についてだけれどね……」
その後、何度も同じ事を聞かれた。
否定しても角度を変えて、また聞いてくる。
俺は時計に触れた。
14:15
——こんなことを1時間も続けているのか。
「嫉妬で憎かったんだよね?」
またこの質問だ。
そう思ったら急に耳鳴りがして、気持ち悪くなった。俺の顔色が悪かったらしく、ヒアリングは中止になった。
会議室を出ると、苛々が溢れて止まらなくなった。
バンッ。
壁を叩いた。
壁掛けのカレンダーが揺れる。
周囲の視線。
俺は、唇を噛むことしかできなかった。
その後、自宅待機を命じられた。
デスクで荷物をまとめる。
「お疲れ様です」
振り向くと部長だった。妙に馴れ馴れしい。
せめて、葛城と相談できれば。
「葛城……」
声をかけると、葛城が立ち上がった。
目は充血していて、瞼が腫れている。
「先輩、ごめんなさい。わたし、これからヒアリングらしいです」
葛城は俯いて、早足で会議室に向かった。
『深刻な状況だ』
分かっているのに、俺は何もできなかった。
オフィスから出ると空が暗かった。
ザァーっと音がして。
地面に叩きつけられた雨粒が、弾かれて散らばった。
バタン。
玄関ドアを開けると、家の中は……もっと薄暗かった。
「ただいま」
会社でも1人なのに。
家に帰っても、誰もいない。




