第117話 極上
「それでですね。ここで柚子さんに会うってことは」
「ことは?」
「ここ、一緒に来てた店なんですか?」
葛城の圧がすごい。
「……」
葛城の頬がぷくーっと膨れた。
「沈黙は肯定です!」
「やっぱ、この店、もうイヤかな?」
美味しくて気に入っているんだけど。
イヤなら仕方ない。
葛城が首を横に振った。
「そんなこと言ってません。わたし、ここの焼き鳥は好きですし。だから」
「ん?」
「今この瞬間から、ここは『わたしと先輩の店』にしてください! 桜藍ちゃんでも不可侵なんです」
その言葉に、この瞬間がパシャっと切り取られた感じがした。
——うん、悪くない。
「分かった。そうするよ」
「無理してない? 柚子さんとの思い出の場所だし」
葛城のグレーがかった瞳が揺れる。
「いや、そこは全く何も感じない」
「そかぁ。ふふっ。あとね、このお店、タッチパネルじゃないですか。勝手に頼めるし、そこも好きなんです」
「たまには金払えよ」
「アラサー上司がピチピチ23歳に払わせるとか。ダサいですよね? ねっ。店長」
葛城はカウンターを覗き込んだ。
すると、店長が答えてくれた。
「ほんとそうですね。あ、でも。来月からタッチパネルはやめるんです。評判、悪くてね」
店長は頭巾越しに頭をかいた。
「ええっ。じゃあ、タッチパネル卒業の練習しないと。店長さん『極上』串焼きお願いします」
「いや、葛城。焼き肉屋じゃないんだから、極上とかないから」
すると。
「あいよ! 極上、何本焼きますか?」と店長。
あるのかよ。
「えっと、2……いや、3本!」
葛城は元気に答えた。
「じゃあ、先輩!また明日!」
駅で解散した。
俺はレシートを見た。
一覧の1番下に『その他×3 ¥3,000』の文字。
「高すぎだろ」
それなのに、口が綻ぶ。
葛城は。
元気で天真爛漫で。
優しくて可愛いくて。
俺、葛城に。
「すげー救われてる」
コンビニに立ち寄って、少しブラブラしてから帰った。
「ただいま」
真っ暗な玄関。
荷物を玄関の上がり框に置くと、ガサガサとビニール袋の音がした。
風呂に入って、トイレに入って。
冷蔵庫から缶ビールを出して。
それでも、俺は1人。
家の中から、少しずつ桜藍の匂いが消えていく。あと半年もしたら、きっと全部、消えてしまう。
カチカチという秒針の音。
イルカの腕時計が時を刻んでいる。
缶ビールをテーブルにおいて、膝を抱えた。
結露した雫が、水たまりになる。
スマホをテーブルにおいて、手に取って。
またテーブルに置いた。
葛城といると、楽しくて。
少し怖くなる。
「桜藍に会いたいよ」
桜藍の足を引っ張りたくない。
だから、俺からは絶対にかけない。
そう決めていたのに。
力の入らない指先で、桜藍に電話をかけた。




