第116話 再来
「え。柚子?」
俺は思わず、聞き返した。
葛城がギュッと俺の手を握る。
店員さんが戸惑っている。
「あの。こちらの席でも宜しかったですか?」
「あの、他の席はないんですか?」
柚子は店員さんに言った。
「すみません。生憎、こちらのカウンター席しか空いてなくて。20分くらいお待ちいただければ、相席でよければテーブルが空くとは思うのですが」
俺は柚子を見上げた。
ブラウンの髪に、大きな目。
相変わらず、優しそうな顔をしている。
白いニットのワンピース。
ニットのふわふわとした産毛が、エアコンの風で揺れている。
「そうですか。困ったな。春馬、ここ……いいかな?」
1人で来てるみたいだ。
俺の気分で帰らせるのも、何か違う。
「別に構わないけど」
柚子は俺の左側に座って、タッチパネルを操作しだした。
左肩に柚子の体温。
柚子はいつも左側だった。懐かしい。
「あっ、わたしは食事したら帰るから。春馬は、気にしないでね」
柚子は焼き鳥屋数本と、サワーを頼んだ。
あれ?
別れた時に子供が出来たって言ってたのに。
お腹もへこんでるし。
アルコールも飲んでる。
それに今日は1人?
あのいけ好かないコンサル野郎は?
意味が分からない。
「いてっ」
右手の甲をつねられた。
「他の女の人を見ないでください」
葛城の声に、さっきまでの浮ついた感じはない。
「ごめん」
「あの人、昔の女ですか?」
「……」
「そうなんですね」
「ごめん。わたし、やっぱり邪魔だったかな」
柚子が気まずそう顔をした。
「あのっ、わたし、葛城このはっていいます。お名前、聞いても?」
葛城が俺越しに聞いた。
「わたしは、浦見柚子。春馬の……友達かな?」
柚子がチラッと俺の方を見た。
「『かな』ってなんですか。元カノさんなんですよね?」
小さくため息。
「まあ、そういうことになるのかな。葛城さんは? 春馬の今の彼女……かな?」
「内緒です」
葛城が手に力を入れた。
柚子はサワーを飲み干した。
「そっか。邪魔してごめん。わたし、そろそろ行くね」
立ちあがろうとする柚子に声をかけた。
「柚子は幸せにしてるの? あの名前は……なんだっけ。コンサル野郎とは大丈夫なんだよな?」
柚子は一瞬、目を見開いて。
曖昧な顔をすると、髪を揺らした。
「ごめん、わたし行くから」
ガタッ。
柚子はそのまま席を立った。
「おい、待て……」
背もたれを戻す柚子の指先を見て、息が止まった。薬指に指輪。
咄嗟に、俺も立ちあがろうとした。
ギュッ。
右の手首が掴まれる。
「いかないで」
葛城の声。震えてる。
「葛城。でも、あのままじゃ」
葛城の肩が強張った。
「先輩は桜藍ちゃんが好きなんでしょ? だったら追いかけちゃダメです」
「そうだな。分かった」
俺が手を握り返すと、葛城の肩が下がった。
しばらく、会話が途絶えた。
そのうち、柚子の席に他の客が座った。
あの指輪。
俺がプレゼントしたヤツだ。
『あんな既製品は『素敵』くらいしか褒めようがないの』
あの時の柚子の言葉が甦る。
視線が下に落ちていく。
ギュッ。
葛城に抱き寄せられた。
頬に胸のあたたかい感触。
「そんな下を向かないでください。『春馬。偉い。よく1人で頑張ったね』」
葛城は俺の頭を撫でた。
俺は、少しだけ救われた気がした。




