第114話 助け
車に乗ると、専務はすぐにエンジンをかけた。
「終わってないのはどこ?」
「えっと、棚板とシューズボックスの下がベニアが丸出しになってて、建具の傷、フローリングの隙間。巾木も曲がってたり」
「巾木はソフトか?」
「はい。白のソフト巾木です。木の巾木はダメって言われました。高須部長の指示らしいです」
「ちっ。850万のリフォームでソフトかよ。高須め、ケチりやがって」
専務は手の甲を噛んだ。
「あの、専務。物件、こっちじゃないんですが」
キキッ。
車が止まったのは、ホームセンターの前だった。看板には『プロの店 23時まで営業』と書いてある。
「なんとか間に合ったか。山路。ほら、走れ」
店内には建材が並んでいる。
専務は2階の壁紙コーナーで足を止めた。
「壁紙、どんな色だった?」
「ええと、白でつぶつぶのやつです。はっきり覚えてはいませんが」
俺がそう答えると、専務は壁紙のロールを手に取った。
「こんなもんだろ。巾木はどんなのだ?」
壁紙、コーキング剤、接着剤、ウッドパテ、塗料。専務がどんどん内装材をカゴに放り込む。
10分ほどで選び終え、レジに並んだ。
「12,530円です」
レジスタッフがビニール袋をカゴに入れた。
「あ、会計は俺が」
俺がそう言うと、専務が財布を出した。
「現金で。領収書ください。宛名は前株で飯島エステート、但書はリフォーム材一式で」
目が合うと、専務はバツの悪そうな顔をした。
車で物件に向かう。
パーキングに車を入れると、専務はトランクからバッグを出した。
「専務、これは?」
「リフォーム部から借りてきた」
玄関ドアを開けると、専務は物件を見てまわった。
「これで6,500万か。お客は良い買い物したな。で、終わってないのはどこ? 目立つやつからで」
「特に気になるのは、ドア枠の亀裂です」
「これくらいなら、なんとかなりそうだ。山路、ちゃんと見ておけよ」
専務は練り合わせたパナを亀裂に押し込んで、ハケで整えていく。さっきのバッグを開けると、ドライヤーを出した。
ゴォー。
ドライヤーから温風。
「それは?」
「温めると固まるのが早くなるんだよ」
パテが固まると専務は亀裂にヤスリをかけた。塗料を綿棒につけて押し当てる。最後に木目を描き込むと、パッと見じゃ分からなくなった。
「すごいです。専務はなんでこんなことできるんですか?」
「素人の真似事だよ。昔、ハウスメーカーで営業してた時に、先輩に叩き込まれてな。工期なんて守らないヤツだらけの業界だから。山路も覚えておけよ」
専務はカエルのように這いつくばって、塗装の仕上がりを確認した。
「次は? ベニア丸出しなのはどこ?」
ハケと手を使って器用に壁紙を貼る。
他の箇所も、手際よく作業を進めていく。
一通り終えた時には午前2時をまわっていた。
最後にチェックする。
俺は壁紙に違和感をかんじて覗き込んだ。
色は同じだが凹凸のパターンが違う。
「あの。専務。壁紙がちょっと違うんですけど」
「事前に合わせてないんだから、しかたねーだろ。まぁ、見えない場所だから。もしクレームきたら貼り直しで。でも、追加工事を嫌がってるお客なんだろ? 万が一気付いたとしても言ってこないと思うぞ」
玄関ドアの手前で、専務が足を止めた。
「おい。ここの壁紙に隙間できてるぞ?」
専務はコーキングを指で塗って、濡れスポンジで擦った。すると、継ぎ目が目立たなくなった。
「ったく。適当な工事をしやがって」
ブレーカーを落として、玄関に鍵をかける。
あとは、当日の朝に掃除をすれば引き渡せるはずだ。
ゴトッ。
専務が自販機の取り出し口から、缶コーヒーを渡してくれた。
「これでなんとかなるだろ」
そう言いながら、専務はコーヒーをすすった。
「専務。リフォーム部はなんで4月完工にしたんですか? 1日で終わるような工事なのに……」
さっきの作業を見て、ますます納得がいかなくなった。
「決算の都合だよ」
「決算?」
「リフォーム部材の経費を次年度に回したかったんだろ。4月にまとめて発注すればコストも下がるしな。リフォーム部は私の下じゃないから、分からんがね」
そんな理由で?
手にギリギリと力が入って、缶が歪んだ。
腕時計を見ると『2:36』だった。
「今日は本当にありがとうございました。夜中まですみません」
「本当だよ。残業代もでないのに。娘の学校説明会に寝坊したら、山路にも一緒に嫁さんに謝ってもらうからな」
専務はそう言うと暗闇に消えていった。
俺は専務が見えなくなるまで、頭を下げていた。




