第11話 動揺
桜藍の声で柚子がこっちに振り向いた。
視線はすぐに桜藍に向けられて、何回かまばたきした後、俺の方にやってきた。
「春馬だぁ。元気にしてた?」
あまりに無神経な言葉。
脱力した身体に、急激に力が戻る。
俺はギュッと拳を握りしめた。
「柚子……ちゃん」
だが、俺の声は情けなく裏返っていた。
すると、桜藍が俺の袖を掴んだ。
桜藍が前に出る。
ちらりと見えた唇は、固く閉じられていた。
「あげない」
桜藍が小声でそう言った気がした。
俺は桜藍の手を握った。
「桜藍。まだ買い物終わってないだろ。いこうぜ」
背を向けると、柚子の声が聞こえた。
「ふぅーん。春馬ってそういう感じなんだ? こんな子供と遊んでるとか。実はロリコン? ほんと別れて良かった。ねぇ、なんか言ってよ」
俺は振り返らなかった。
しばらく歩くと、桜藍が立ち止まった。
「せっかくの買い物なのに、ごめん」
その言葉より先に、桜藍が口を開いた。
「わたしが子供だから。春馬さんに恥かかせてごめんなさい……」
桜藍には、柚子のことも俺がどんな捨てられ方をしたかも、ほとんど話していない。
それなのに、桜藍は口にギュッと力を入れた。柔らかい唇が、歯に当たって白くなっていた。
俺はモテる訳ではない。でも、この歳になると、それなりに女性を見てきている。
こういうとき、普通の女の子は俺を責める。
こんな反応をする女の子を見たことがない。
「やっぱり、この子は少し違う」
そう思った。
「桜藍は何も悪くないよ」
俺の言葉に、桜藍はフルフルと首を振った。
「そんなことある。さっきの春馬さん。会ったばっかりの時の怖い顔してた……もん」
そんな顔を見せてしまったのか。
情けない。
「俺の代わりに悔しがってくれてありがとう。マジで嬉しかったし、救われたわ」
「で、でも……」
桜藍は俯いてしまった。
「あ、俺からお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「桜藍の写真が欲しい。あ、ごめん。やっぱキモいかな?」
すると、桜藍は首を横に振った。
「わたしたちは家族だから。写真を持ち合うのは、自然なことです」
桜藍の口元が綻ぶ。
「そうか、サンキュー」
家に帰ったら、捨てられずに持って帰ってきたフォトフレームに、桜藍の写真を入れよう。
「どんなの欲しいですか?」
「色々あるの?」
「わたし、自分の写真をあまり持ってなくて。だから、春馬さん用に撮ろうかと」
桜藍の手が動く。
「あっ」
繋いでいた手が離れて、耳の縁が赤くなった。
「あのっ、わたし手に汗かいてたかも」
桜藍がハンカチを出した。
俺は首を横に振って、顎を擦った。
少しだけジョリジョリする感覚。
「じゃあ、さっき選んだ服を着てるのが良いかな。今日の思い出って感じで」
すると、桜藍の声が弾んだ。
「さっきの服って言われても……。春馬さん全部買っちゃったじゃないですか。どれが良いか分からないですよ」
桜藍は笑顔に戻った。
良かった。
「買い物はできた? じゃあ、帰りに何か食べて帰らない?」
「でも、お金……。ううん、食べて帰りましょう! なにか元気がでそうなものがいいなっ」
俺の数歩先を、桜藍が駆ける。
美しい銀髪が揺れる。
——きっといつか、桜藍は。
俺は桜藍の後ろ姿に手を伸ばした。
手が届かなくなるときに、俺は。
ちゃんと背中を押してやらないといけない。
「桜藍。ちょっと、待ってよ」
右手には、まだ桜藍の感触。
俺は渇く口を開いて、大きく息を吸い込んだ。




