第107話 葛城このは
「今、どこだ?」
「新宿のホテル……。お酒いっぱい飲まれされて、気づいたらここりいて」
呂律がまわっていない。
俺はコートに袖を通して、席を立った。
オフィスの電気はつけっぱなし。
「どこのホテル? 部屋は?」
「え、えと。◯◯◯ホテル。部屋の番号XXX……」
「逃げられないのか?」
「服どこにあるかわからない」
「鍵を開けられるか」
「うまく歩けない……うぇえ」
ギリッ。
奥歯が軋む。
「いいからそこで待ってろ。すぐいく」
キキッ。
俺はタクシーに飛び乗った。
「運転手さん。いくらかかってもいいから、最速で行ってください!」
タクシーに揺られながら、手の甲を何度もかきむしった。
バタンッ。
タクシーから飛び降りて、ホテルのエントランスを走る。
ボタンを押したのにエレベーターが来ない。俺は非常階段を駆け上がった。
目的の階についた。
教えてもらった部屋はすぐに見つかった。
ガチャリ。
ドアノブが回る。
鍵が開いている。
ドアをあける。
通路の向こうから、軋むような音。
数歩すすむと、壁の陰に小太りな男の背中が見えた。白いダウンを着て、少しカールした黒髪。
部長だ。
ベッドの上で馬乗りになっている。
その尻の下から、白い女性の足が2本見える。
葛城だ。
薄暗い部屋に時々、画像が反射して。
テレビの音が垂れ流しになっている。
一瞬、意識が曖昧になって。
仕事のことも物件のことも全部消えて。
次の瞬間、部長を蹴り飛ばしていた。
ドンッ。
部長は転げてベッドから落ちた。
テーブルが倒れて、灰皿の中身がばら撒かれる。
「お前、何してんだ!」
俺は部長の胸ぐらを掴んだ。
部長は混乱した様子で目を泳がせた。
だが、すぐに顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「山路っ。上司にこんなことをして、どうなるか分かっているのか!」
その言葉を聞いて、また意識が飛ぶ。
バキッ。
右拳に鈍い衝撃と痛み。
目の前では、部長が頬を押さえてた。
もう1発殴ろうとすると。
「せんぱいっ。らめぇ!」
葛城が俺の腕に飛びついた。
「だって。コイツはお前のことを」
「わたしまだ何もされてないから!」
葛城を見ると、ブラとパンツはつけていた。
もし裸だったら、部長を殺してしまったかも知れない。
「はぁーっ」
俺は心臓を落ち着けたくて、大きく息を吐いた。
床を見ると、部長の歯が転がっていた。
とにかく、ここを出ないと。
椅子を見ると、葛城の服が無造作に掛けられていた。
「葛城。いくぞ」
俺は葛城にコートをかけて肩を抱えた。
椅子の服を鷲掴みにして、そのままホテルから出た。
——これから、どうしよう。
葛城は真っ直ぐあるけないし、俺のコートしか着ていない。
「葛城、家まで送ろうか?」
「1人になるの怖い」
葛城はそういうと、ぶかぶかなコートの前をギュッと引っ張った。
「とはいえ、1人で帰らせるわけにも……。うちに来るか?」
葛城は、ただ頷いた。
この時だけは。
桜藍の事は、頭になかった。
帰りのタクシー。
葛城は黙って俺の肩に寄りかかっている。
俺の右手はまだジンジンと痺れていた。
カーブで車がガクンと揺れて。
2人の手が重なって。
葛城が言った。
「お仕事の邪魔して、ごめんなさい」
手の甲に、温かい雫がポタポタと落ちた。




