第106話 提案
俺と山田さんは、同時に宮園さんをみた。
「あの、株を売れば、2,500万円くらいにはなると思うんです」
「ローンを使わなくて済むじゃないですか」
山田さんの言葉に、宮園さんは頷いた。
「でも、問題が」
「なんですか?」
俺が聞くと、宮園さんは小声で言った。
「現金で用意できるのは、株を合わせても6,500万円が限界なんです。ごめんなさい」
部長の悪態が聞こえたのだろう。
宮園さんは俯いてしまった。
この人は何も悪くない。
宮園さんは普通の会社員だ。6,500万円を現金で用意できるのは、堅実に生きてきた証。
こんなに俺の物件を気に入ってくれている。
なんとかしてあげたい。
差額は480万円。
「指値で何とかなるか、社内で交渉してみます」
俺はそう言った。
「なんとかお願いします」
山田さんに肩を叩かれた。
「あまり期待しないで待っててください」
俺は会社に戻ることにした。
♦︎
会社に帰ると、専務も部長もいなかった。
専務にはあんなに「指値は受けない」と念を押された。
しかも、480万円の指値。
部長の口添えがなければ、絶対に無理だ。
しかし、あんな電話の切られ方をした後だ。
指値の話をしたら、普通に殴られかねない。
考えただけで、胃が痛い。
俺はプレゼンをまとめながら、部長の帰りを待つことにした。
窓の外が暗くなって、オフィスからどんどん人がいなくなる。やがて数人だけになった。
「部長おせーな」
時計を見ると『21:02』だった。
葛城も戻ってきていない。
胸に、ぞわりという違和感。
でも、ホワイトボードの部長の欄は『直帰』ではなく『同行』にっている。
資料をいくつか作り終わり、肩を回した。
「あー、疲れた」
時計を見た。
『21:45』
遅すぎる。
最後の1人が帰ろうとしたので、聞いてみることにした。
「部長が何時くらいに戻るか知ってますか?」
「え、部長は帰ったよ。直帰だって。あれ? ホワイトボード変わってないね」
その人は、ホワイトボードを『直帰』に書き換えて帰って行った。
ぞわり。
違和感が、腹の底から背中に移動した。
葛城。
ちゃんと帰ったよな?
『絶対に来させないで』
不安そうな葛城に、さっきの俺はそう言った。
何かあったら俺のせいだ。
部長に電話をかけると電源が入っていなかった。葛城にかけても出ない。
どんどん嫌な予感が大きくなる。
俺は葛城の住所を知らない。
何もできない。
連絡を待つか?
俺は首を横に振った。
「仕方ない。葛城が現調予定だった物件をかたっぱしから回るか」
俺はコートを羽織った。
すると。
トゥルルル。
スマホに着信。
画面には葛城の表示。
「葛城。大丈夫か?」
「……」
テレビの音だけが聞こえている。
「葛城、葛城、……葛城このは!!」
ガサガサという音の後、葛城の声が聞こえた。
「えぐっ。怖いよ。先輩。助けて」
葛城の声は、聞いたことがないほど弱々しくて。震えていた。




