第105話 説明
『嘘に敏感』……か。
家は人生最大の買い物だもんな。
ごくっ。
俺は唾を飲み込んだ。
「はい。5年前にこのマンションで飛び降り自殺がありました。管理人さんにも確認したのですが、5階のどこかから落ちたということしか分かりませんでした。今回の価格はそれも考慮した値付けになってます」
宮園さんが真顔になった。
片肘を抱き寄せている。
キィという音。
どこかの玄関ドアが開いたらしい。
俺は息をとめた。
「……分かりました」
宮園さんは笑顔だった。
肩透かしをくらった気分。
「良いんですか?」
「えっ、だって。そんなこと言ったらどこにも住めませんよ? デメリットはちゃんと価格に反映されていて、きちんと話してくれた。わたしには、それで十分です」
宮園さんの眉が下がった。
「よかった」
つい、本音が漏れてしまった。
え、でも。
お墓との組み合わせは?
嫌悪施設で自殺は相当に印象が悪いと、睦月が言っていた。
だが、外が墓なのは一目見れば分かることだ。
分かっていることをあえて確認する必要もないか。
すると、山田さんが俺の肩を叩いた。
「まぁ、下はお墓ですけどね。でも、メリットも多いんです。まず、半永久的に建物がたたない。風通しがよくて、排気ガスが少ない。静かですし、そこの霊園は管理がいいので、鳥害や虫害の報告もありません」
宮園さんはポンと手を叩いた。
「そうなんですよねぇ。わたしはお墓はそんなに嫌じゃないです。そして、お盆の時は人が増えて、お経がうるさい。それも慣れてますので」
ちょっと達観しすぎでは?
俺が額の汗を拭うと、山田さんがチラッと何かの紙を見せてきた。
『お客様アンケート お名前:宮園かほり』と書いてある。
山田さんがその数行下を指差した。
『祖母の家がお墓の前だったので、お墓に抵抗感はありません』との書き込み。
「なっ!?」
すると、山田さんはニヤッとした。
こいつ、確信犯だ。
俺が睨むと、その口角はさらに上がった。
「では、これに記入をお願いします」
山田さんは購入申込書を出した。
宮園さんは、財布から一万円を出すと、記入を始めた。
「ええっと、手付金は100万円くらいでいいですか?」
宮園さんが項目ごとに山田さんに確認をとっている。
俺はその様子を見ていて、ようやく自分の鼓動が落ち着いていくのを感じた。
「あっ、ローンは使います。金額は2,980万円……」
すると。
「あっ」
山田さんの声が裏返った。
「どうしました?」
俺が聞いても、すぐには答えてくれなかった。
山田さんは何かをブツブツ言っている。
「山路さん。御社は物件の先行引渡しはできますか?」
「えっ。確認してみないと分かりませんが、先に引き渡すのは厳しいと思います。どうしてですか?」
「私としたことが……。ローンの実行のタイミングですよ。金利度外視で仮審査が早いところに出したとしても、今からだと厳しいな」
「まだ1ヶ月ありますよ?」
「3月は繁忙期なので、審査に時間がかかるんですよ。完全に失念してました」
ローンが間に合わなければ物件は渡せない。
汗で背中にシャツが張り付く。
とにかくなんとかしないと。
「私だけじゃ判断ができないので、上司に聞いてみます」
部長に電話したが出ない。
葛城にかけると、折り返してくれた。
「先輩、どうかしましたか?」
「部長は一緒?」
「はい」
「部長に代われる?」
「あっ、はい。あ、先輩」
少し疲れてそうな声。
「どうした?」
「忙しいのにすいません。先輩、まだ時間かかりそうですか? こっちは終わって、部長がそっちに行くみたいなこと言ってるんですが……」
部長がきたら、全部をぶち壊されかねない。
「今はまずい。絶対に来させないで」
「分かりました。部長に代わります」
「悪いな」
そう言う前に保留音になった。
「山路君? どうした」
部長だ。電話口だとさらに濁った声。
「物件の先行引き渡しはできますか?」
「どういうこと?」
部長の声が低くなった。
「お客さんの感度は出てるんですが、3月中に引っ越しできることが条件なんです。でもローンの実行が間に合わなそうで」
俺が言い終わる前に、言葉を被された。
「先に引き渡しちゃって契約解除になったらどうするの。もうそんなユーズド物件売れないよ? 金をもらう前に火事になったら?」
「そこを何とかなりませんか?」
「しかも、よりによって決算期よ? 金が今期中に入ってこないとか、あり得ないでしょ」
「いや、でも」
「金と商品は同時交換。そんな常識もわからない奴には売るな!! ブツッ」
怒鳴り声で耳鳴りがする。
ムカつくが、今回ばかりは部長の言うことが正論だ。
……諦めるしかないのかな。
俺は天井を見上げた。この天井ってこんなに低かったっけ。
すると、宮園さんが顔を上げた。
「あの、さっきのお支払いの件、何とかなるかも知れません。無理なお願いにはなってしまうのですが……」




