第102話 同行
媒介を出した翌日。
「先輩っ、お昼に行きませんか?」
「もうこんな時間か。ちょっとこれだけ片付けたいから、一瞬だけ待ってて」
「了解です!」
葛城は敬礼のポーズをした。
作業を終えてPCを閉じると、スマホが光った。山田さんだ。
「お世話になってます。山路です」
「実は完成前にご案内していたお客様に感度が出てまして……」
電話越しにナビの音声が聞こえる。
「えっ。もうですか? まだリフォームが完了していませんが」
「はい。それも含めて山路さんにお願いがありまして」
山田さんの声が小さい。
よほど言いにくいことなのだろうか。
「はい。どんなことですか?」
(やっぱり、事故物件関連かな)
俺は唾を飲み込んだ。
「女性のお客様なのですが、売主さんから話を聞きたいって言ってまして。立ち会いをお願いできませんか?」
客が不安感を持っているということか。
「もちろん大丈夫ですよ。それで、何日あたりをご希望ですか?」
「実は今日なんです。ほんと無理いってすみません。できれば『13:30』でお願いしたいです」
こっちは内勤中だぞ。
なかなかの無理難題。
俺は時計を見た。
『12:08』
ここから物件まで30分はかかる。
40分でやり残しの作業を終えて、駅まで走ればギリギリだ。
「分かりました。では、13時半で」
すごいスピード感。
事故物件って分かったばかりなのに、したたかな人だ。
葛城は手鏡を覗き込んでいる。
俺の部署は売主だ。
だから、仲介の客付けを見れる機会はあまりない。
「例の物件の内見があるんだけど、葛城もくる?」
声をかけると、葛城はリップを手にもったまま照れ臭そうな顔をした。
「行きます! でも、いきなり今日って、すごく急いでるんですね?」
「ああ。それだけ見込みのあるお客さんってことじゃないかな」
これだけ動きが早いということは、囲っていた見込み客の可能性が高い。
多少の無理をしてでも、立ち会う価値はある。
……今日の昼休みは返上だ。
♦︎
「これでよし。なんとか終わったな」
俺はノートPCを閉じた。
「葛城、そろそろ行こうか」
PCをバッグに入れて立ち上がる。
すると、背後から声をかけられた。
部長だ。
「山路君。今日、内見なの?」
香水が鼻につく。
「そうですけれど」
部長は脂ぎった唇を吊り上げた。
「このはちゃんと2人じゃ不安でしょ? ベテランの僕がついていってあげるよ」
部長は俺に同行したことなんてない。
どんなにトラブってても、素知らぬ顔だ。
その部長が同行?
……どういうつもりだ?
それに『このはちゃん』?
葛城のことを気に入ってるとは薄々感じていたが。少しイラッとする。
部長は女性に好かれるタイプではない。
それに現場に詳しくもない。
邪魔だ。
『念書のこと、忘れてないよね?』
価格会議での部長の悔しそうな顔を思い出した。
——正直、断りたい。
とはいえ、上司だ。
部下の監督は仕事のうち。
同行を断るのは厳しい。
どうしよう。
葛城は心配そうにしている。
すると、葛城と目が合った。
ガタッ。
葛城が立ち上がった。
「お願いがあるんですけれど……部長が前に、わたしの物件の調査に同行してくれるって言ってた件、今日じゃダメですか?」




