68 ヨパラの闘志
ヨパラは、今、ヴァルメル魔塔の六階層、虫部屋で戦っていた。
相手はゴキブリンLV26──体長一メートルにもなる、不快な外殻を持つ虫型魔物だ。
喉元を正確に突けば、一撃で倒せるが、ドロップする核はわずかな金にしかならない。
こんな場所に、人は寄り付かない。だが、ヨパラにとっては、この層の経験値が実においしかった。
「……遅ぇな」
ヨパラは、次のゴキブリンの気配を探った。
すでにLV25の魔物では物足りず、彼の呼吸は機械のように乱れなかった。
ゴキブリンが姿を現すと、ヨパラは一拍の遅れもなく間合いを詰め、鋭く喉元を突いた。
魔物は悲鳴を上げる暇もなく、光の粒となって消えていった。
ドロップ品には目もくれない。その顔には、かつての怠け癖の面影など、微塵も残っていなかった。ただ、脳裏に焼き付く老婆──アマリリオの顔が、闘志を絶えず燃え上がらせていた。
「──まだだ。俺は、まだ足りねえ」
低く呟くと、ヨパラは次のゴキブリンに向けて静かに走り出した。その身のこなしには、かつて見られた泥臭さはなく、動きは洗練されていた。攻撃は無駄がなく、呼吸も乱れず、洗練されていた。
少し前のことである──
フィディアは高級宿のラウンジで優雅に紅茶を飲みながら、武器商人を呼び出していた。
「インフィちゃんのためなら、何でもしてあげるわ」
ヨパラのための防具や剣を、武器商人に指示していた。
商人は、最初こそフィディアのあまりの美しさに見とれていたが、今ではなぜか冷や汗を流し、胡麻をするように、言われるまま武器を書き出していた。
もともとは、インフィちゃんに最高級装備を買いそろえようと呼んだ武器商であるが、インフィはきっぱりとそれを拒否していた。
「──身の丈に合わない装備は、いつか、死を呼ぶ」
装備に頼った戦い方を覚えてしまえば、自分が強くなったと過信し、あっさりと負けてしまう。
インフィはなんとなくそのことが感じ取れていたので、一つ下のランクの装備を使い、戦い続けていた。
インフィは、ヨパラのことを少し心配していた。
だから、ヨパラのために、一つ上のランクの装備を買ってもらっていた。
そして、ヨパラは──
いま、ひとりで戦い続けていた。
熱を帯びた息を吐き、胸の奥に宿る怒りと悔しさを、剣に込めながら。
かつて仲間を奪われたあの日の、自らの無力さを思い出しながら。
それでも、ヨパラの瞳には、もう迷いはなかった。
かつての自分を乗り越えるために。
そして、インフィとともに進むために。
彼は、今日もひとり、誰にも見られぬ場所で戦い続けていた。
そんな中、遠くから悲鳴が上がった。
「逃げろ!」──かすれた声が混じっている。
ヨパラは、かつて仲間を失ったあの日の記憶が、脳裏をよぎるのを感じた。
次の瞬間、ためらうことなく声のほうへ駆け出していた。
そこに現れたのは──一つ目の魔物、レベル30のサイクロプス。
本来、下層には現れないはずの上位魔物であり、明らかな異常だった。
周囲には、怯えて動けない冒険者たちの姿があった。
巨人のこん棒が、振り下ろされようとしていた。
ヨパラは、飛ぶように駆けた。
迫る一撃に、盾を縦に構えて滑らかに受け流す。
普通の盾ではひびが入りそうな強烈な打撃であった。
「逃げろ!」
ヨパラは、声を張り上げた。
冒険者たちは、引きずるような足取りで、それでも必死に逃げていった。
ヨパラもまた、勝てないと直感していた。
逃げる手段を、必死に探している。
だが、サイクロプスは容赦なく、こん棒を振り下ろしてくる。
後ろを振り向く暇などない。
「くそっ、やばい……」
額から冷や汗が伝う。
そのときだった。
サイクロプスの巨体が、まばゆい光の粒となり、美しく、はかなく、空に消えていった。
「私に迷惑をかけないでね」──聞きなれた声が、背後から響いた。
振り返ると、そこには妖艶な蛇の下半身を持つフィディアの姿があった。
彼女はすぐに脚を人間のものへと変化させた。
フィディアは、冷たく、背筋が凍るような声で言い放つ。
「あなたは よわいの にげなさい つぎは しらない」と、一言ずつ、突き刺すように告げた。
ヨパラは、真っ青な顔で、腰を抜かしたまま、ただ口を開けて呆然としていた。
フィディアは、インフィに「危険が迫ると自動で通知が来る魔法」を秘かに仕込んでいた。
そして──インフィがヨパラを父のように慕っていると知り、しぶしぶヨパラにも同じ魔法をかけていたのだった。
ヨパラが気づいたときには、すでにフィディアの姿は消えていた。
全身の骨が悲鳴をあげ、フィディアから放たれた恐怖によって、身動きできないひとりのおっさんが、ただ取り残されていた。
ヨパラは、ソフィアの言った『あなたは弱い、逃げなさい』──その言葉が心に深く刻まれていた。
冒険者の命は安い。特に、上を目指す者たちの命はさらに安い。一つの栄誉のために命を懸けるのがこの世界なのだ。
咄嗟に自分が助けようとした愚かさを、骨身に染みるほど痛感していた。
目の前で誰が死のうとも、勝てないと判断したなら、迷わず逃げる──そう心に誓い、今日も六階層のゴキブリリンをひたすら狩り続けていた。
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