６６ あの悪夢 完結
インフィたちは、ソラックの街で最も高級な宿へと引っ越していた。
レイヴァンの随時の連絡により、インフィの生活環境はすでに詳細に把握されており、迷いなく最上級の宿へと案内されたのだ。
その豪奢さに、ヨパラは思わず息を呑む。「ここは……王宮か？」と、ぽつりと呟く。きらびやかなシャンデリア、絨毯は極上の織物、壁には有名画家の絵画、広さに迷いそうなほどの部屋の数。
そして、ベッドは──お姫さまベッド。正式には《リット・ア・ラ・デュシェス》様式。まさに、王族の眠りのために用意されたかのような代物だった。
これでもまだ「最低ライン」だった。なぜなら、インフィがフィディアに「そんなことはしないで」と強く言った結果、ようやく譲歩されたものだったからだ。
当初、フィディアは「インフィちゃんが住むなら、宮殿でないと」と本気で宮殿そのものを購入しようとしていた。
レイヴァンもまた、これまでの雨合羽姿を脱ぎ捨て、最高級のスーツに身を包んでいた。シルクのネクタイ、センスの良い帽子──そのすべてが、完璧なモデルスタイルと融合している。顔はいつもの藍色の布で巻かれていたが、青いサングラスはそのままだ。
広い肩幅、すらりとした長い手足、身長は二メートル超え──その後ろ姿はまるでトップモデル。何度か女性たちが声をかけようと近づくが、彼が振り返ると……驚愕して逃げてしまう。そのたびにレイヴァンは肩を落とした。彼は、見た目に反してとても繊細な心を持つ魔物かもしれない。
現在、インフィのパーティはヨパラ、レイヴァン、そしてフィディア──四人で構成されていた。
フィディアもまた、蛇の下半身を持つ本来の姿から、美しい人間の脚を持つ姿へと変化していた。「この姿は嫌い」と口では言いつつも、インフィの拒絶には逆らえず、しぶしぶ従っているようだった。
透き通る青髪に白磁のような肌、すべてが完璧に整ったプロポーション。淡い紫の羽衣に身を包んでいながら、不思議と肌が透けて見えることはなかった。そのひとつひとつの仕草には、妖艶さと清楚さが共存していた。
男たちの視線は思わず釘付けになった。だが、あまりに完璧すぎるその美しさと、どこか人ならぬ不気味さに気圧され、声をかけられる“勇者”は一人としていなかった。
ただ一人、ヨパラだけは──三十二歳、少し髪の薄い、どこにでもいる普通のおっさんだった。
ヨパラを仲間に選んだ「目立たない作戦」は、完全に崩れ去っていた。
気づけば、彼らは街で最も目立つパーティへと変貌していた。
皮肉なことに、それが功を奏し、《インフィの特異性》は目立たずに済んでいた。何が幸いするか、世の中は測り知れぬものだ。
彼の指には、見習い冒険者を卒業した証として、ギルドマークの刻まれた銅の指輪が光っていた。
彼らは、新たな魔塔への挑戦に向けて、着々と準備を整えていた。
あのあと、インフィがフィディアにゼルのことを尋ねると、彼女は穏やかに語った。
「ちょっと大変だったけど、綺麗に切れてたから直せたわ。お金も渡して、謝金奴隷も解放しておいたの。今は家族と暮らしているわよ。安心して。インフィちゃんに、嫌な思いはさせたくないの」
その言葉に、インフィは不思議と違和感を覚えなかった。彼女の声には、嘘が混じっていないと、心が自然と感じ取っていた。
『インフィは、子供のように静かに涙をこぼしていた。いつまでも、いつまでも』
空は深い群青に沈み、世界の輪郭はすべて曖昧になっていく時間帯。過ぎ去ったことも、まだ来ぬことも、ただ静かに溶け合っていく。ソラックの街には灯がともり、人々は家路を急いでいた。
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