65 あの悪魔 後半
インフィたちの前に現れたのは──
透き通るような青い髪に、白磁のような肌。誰もが羨むような、完璧なまでのプロポーション。淡く薄紫の羽衣をまといながらも、肌は不思議と透けて見えることはなかった。その姿は、まるで天女を思わせるようだった。
だが、彼女の腰から下は蛇だった。白くしなやかな尾が妖しく揺れ、ギリシャ神話のラミアか、日本の白蛇を彷彿とさせる。
「うふ……インフィちゃん、ごめんね。ちょっとお茶してたら、すこし遅れちゃったのよ」
「もう怖くないわよ。安心して、ふふ」
そして、冷淡に言い放った。
「それにしても、レイヴァン。まったく役に立たないわね」
雨合羽は、2メートルの姿に戻っていた。すすけた骨の色のまま、土下座をして「カカカ(いいえ)」と、か細く震えるような声を漏らしている。
そして、インフィの心には、さまざまな感情が渦巻いていた。
その中でも、ふたつの感情──「忌避」と「愛しさ」が、他のすべての感情と混ざり合い、インフィの顔に苦しげな表情を浮かばせていた。
「貴様と……!」
インフィが睨みつけるように言葉を吐くと、女はくすくすと笑った。
「あら、まだ怒っているのかしら。ほんとうに、男って女々しいわね」
インフィは瞬時に駆け、剣を構える。鋭い突きが、彼女の胸元を貫かんとする。
だがその剣は、美しい指先に挟まれていた。人差し指と中指のわずかな間に。
「ほんとうに……男って、馬鹿。わかっているでしょう? わたしがいなければ、あなた、死んでいたのよ」
その言葉に、インフィの中の忌避がさらに膨れ上がる。
「黙れっ!」
怒声と共に、一歩踏み込む。
そのものは、艶やかな顔立ちに妖艶な笑みをたたえ、インフィの耳元でそっと囁いた。
「ゼルは生きているわよ、ふふ」
「ふふ、インフィちゃん。その心、抑えてね」
「また殺したくないなら──ふふ 冗談よ」
インフィはその場に立ち尽くし、全身から静かに力が抜け落ちていった。
そして、渦巻く感情を必死に抑えながら心の中で抗い続けるその瞳は、深く濃いエメラルドの色をさらに強く輝かせていった。深く濃いエメラルドの瞳が、感情に揺れていた。
「……あなたは誰だ」
その問いに、女は恍惚の笑みを浮かべた。
「インフィちゃん、かわいい……もう限界」
抱きつこうとした瞬間、インフィが露骨な嫌悪を浮かべる。
「ふふ……まだ早かったかしら? もう、私をじらすなんて……」
恍惚とした表情のまま、彼女はゆるやかに身をくねらせ、自分の世界に浸っていた。
インフィがもう一度問いかける。「あなたは誰なんだ?」
「ごめんなさい。私はフィディア。覚えてね。そして、あの骸骨はレイヴァン」
雨合羽には名前があったらしい。その名も、なかなか格好いい。
老婆が倒れた直後、ヨパラの体にも異変が現れていた。
幾度となく淡い光がヨパラの体を揺らし、ついにはまばゆい光に包まれていく。
「……力が戻る? レベルが……上がっていく?」
そして、周囲の様子を一瞬で見極めたヨパラは、閃光のごとき速さでインフィとレイヴァンの間へと飛び込み、その身を盾にするように立ちふさがった。
「あら、封命毒を浴びてたのね。普通なら死んでるのに……生きててよかったわね」と、興味なさそうに言った。
「それでね、インフィちゃん。レイヴァンは使えないから──今度は私が守ってあげね ふふ」
彼女の目が、妖しく輝いた。
……
ここで一度、話を整理しよう。
雨合羽──レイヴァンはフィディアの配下であり、インフィを護るよう命じられていた。
老婆を、レイヴァンが強敵と判断し、フィディアに連絡。事態を伝えた。
レイヴァンが骨をバラバラにして崩れ落ちたのは、インフィの「もう守るな」という強い命に逆らえなかったからである。
レイヴァンが無事な事はインフィも分かっていた。
老婆の正体は「アマリリオ」という妖魔だった。人間を苦しめ、レベルを下げる《封命毒》を使い、その苦悶の様を眺めるのを楽しむ、極めて悪質な存在である。
アマリリオは種族名で、非常に希少かつ気まぐれな妖魔。現れることはまれだが、襲われて生き延びた者はほとんどいない。レベル35以上の者には封命毒は効かないため、もっぱら弱者を狙う。
ヨパラもその毒を受けていたが、老婆の死により毒は解除され、一気にレベル25へと上昇していた。
『インフィの運命は、ここからどこへ向かうのか──それは、まだ誰にも分からない。』
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