57 骸骨(がいこつ)
無数の長方形の石が、隙間なく敷き詰められた廊下。その同じ石が、見事なアーチを描いて天井を支えている回廊。まるで太古の神殿を彷彿とさせるその建物の中に、二人の姿があった。時の重みが空気に溶け込んだその空間では、右へカタカタ、左へカタカタと、魔物たちが不気味に揺れていた。
インフィが静かに一歩踏み出すと、迷いなくその魔物へと斬りかかった。右手に中剣を高く掲げ、左手には低く構えた短剣。これは天源と呼ばれる構えだった。体をしならせて一回転し、全体重をのせて中剣を振り下ろす。しかし、鋭い一撃は甲高い音を立てて弾かれた。
すかさず反動を生かして、短剣が鋭く弧を描いて閃いた。短剣が先ほどと同じ箇所に深く打ち込まれ、骨に細かなひびを走らせる。ひび割れた肋骨の一部が、乾いた音を立てて地面に崩れ落ちた。だが魔物は一切怯まず、表情のない頭蓋をこちらに向けたまま、静かに斬りかかってくる。
インフィはすぐに構えを切り替え、間断なく剣を振り続けた。やがて魔物の動きが止まり、ガラガラと崩れ落ちると、骨は光の粒となって静かに消えていった。
その様子を横目で見ながら、ヨパラはどこか満足げな表情で魔物を狩っていた。こちらも一撃では倒せずとも、二度三度と斬り込むうちに、骨は砕け、やがて光の粒へと変わっていった。
「おいおい、こんな雑魚相手に何分かかってやがる。もっと腰を入れろ!」
「……硬い……すみません、がんばります……」
ゾンビ部屋ではインフィを怯えさせることに失敗したため、今回はあえて、少年が苦手とする狩場へと足を運ばせていた。
最初は勢いに任せていたヨパラも、次第に息を整えながら狩りへと切り替えていった。インフィだけは、ただの一瞬も止まることなく淡々と狩り続けている。無尽蔵とも思える体力があってこそ成せる業だった。
この魔物は、骸骨型のアンデッド――通称スケルトン、あるいはボーンと呼ばれる存在だ。正式な名はガイコツラーで、レベル12に位置づけられている。
ゾンビと同じくアンデッドに分類されるが、こちらは肉すら残っておらず、骨だけで構成された存在。カタカタと乾いた音を立てて動く、異様な魔物である。肉がない分、骨そのものが異常に硬く、なかでも首の骨は驚くほどの耐久性を誇る。
レベル11程度の冒険者では太刀打ちできず、逆にレベル13ともなれば、力技で押し切ることもできる相手だった。
そして、日暮れを前に太古の神殿を離れ、手に入れたドロップを整理しながら、帰りの準備を整えていた。珍しく、インフィの顔に陰が差していた。思い描いた通りに倒せなかったことが、どうやら心に引っかかっているらしい。ヨパラは少し嬉しそうだ。大人げない。
そのとき、インフィが座ったまま、ゆっくりと首を伸ばし、わずかに傾けた。
「……ちょっと。建物の裏、行ってきてもいい?」
「少しだけなら構わんが……何か見つけたのか? まさか、宝箱でも見えたか!」
「なんとなく……気になっただけ」
インフィはそう呟くと、人の通らぬような藪をためらいなくかき分けて進んでいく。ヨパラも、半ば面白がるようにニヤニヤしながらその後を追った。
しばらく藪を抜けると、神殿の側面に、まるで墓標のように積み上げられた巨大な骨の山が姿を現した。
「なんだよ、ここ……こんなのあったか? ずいぶん凝った演出じゃねえか。ま、骨に価値はないし、持って帰っても消えるだけだがな」
「……うーん? この中、なんか……宝箱とかありそうな気がする」
「うおっ、マジかよ! けど、この骨を崩すのか……よーし、やってやろうじゃねえか!」
ヨパラの脳裏には、すでに眩く光る宝箱の幻影が浮かんでいた。そのまま我を忘れたように、骨山を勢いよくかき分け始める。
この魔塔にもごく稀に、宝箱が再出現するという現象がある。その出現頻度は、一年に一つ見つけられれば御の字とされるほどの超希少。中身もまた極端で、まぶしい宝石からただの鼻紙まで、夢と悪戯が詰まっている。だが、たったひとつの宝箱で、一生分の富が得られることもある――それは、しがない冒険者たちの夢だった。
まさにそのとき、異変が起きた。
骨山が微かに揺れたかと思えば、次の瞬間には轟音とともに上部が崩れ落ちた。ヨパラが慌てて跳び退き、恐る恐る振り返ると――そこには、骨の山から突き出した、異様に巨大な手。
その手が山を押し退けると、青白い光をたたえた巨大な頭蓋骨が現れた。インフィは首を傾けたまま、まるで他人事のように、ゆっくりとその異形を見上げていた。
骨山が完全に崩れ去ったとき、その中心に、信じがたい影が立ち上がっていた――。
それは、高さ四メートルを優に超える、常軌を逸した巨大な骸骨だった。インフィの胴ほどもある極太の鎖骨。ヨパラですら首を仰ぐほどの巨体であり、インフィに至っては、首を真上に向けるしかなかった。
こんな下層に現れるはずもない存在だった。魔塔の最上階に君臨するワニラーすら凌駕するような、凶悪な圧をまとっていた。
その魔物は、悍おぞましい顔を空に向け、大きく口を開いて「ケケケ」と不気味な唸り声をあげた。
「ケケケ」
それは、まるで嘲笑のように聞こえた。
ヨパラは、ぼんやり立ち尽くすアレンを小脇に抱えると、一目散に駆け出した。恐怖に突き動かされた人間の顔は、ここまで歪むのか。今のヨパラは、まるで死に直面した老人そのものだった。
ヨパラの背後から、重々しい地響きが迫ってきた。
「うおっ……なんだあれは……マジで、洒落になってねえぞ……!」
ヨパラは全力で逃げる。しかし、地響きは着実に大きくなっていく。あの歩幅では、いくらレベル13でも逃げ切れない。
そして、次の瞬間。
抱えていたインフィの重みが、ふっと腰から抜け落ちた。
「……はぁっ!?」
振り返れば、インフィはその場に静かに立ち尽くし、首を傾げていた。
「おいおいおい……なんで抜け出す!? このバカガキが……っ!」
ヨパラは顔を引きつらせたまま、一度は逃げ出しかけたが、寸前で足を止めた。そして、決意を噛みしめるように顔を戻し、首を傾けて立つインフィのもとへと駆け戻った。




