56 泣く子も黙る
薄暗く日が差さないじめじめとした土に、足を取られる。近くのどろどろとした黒い沼からは、時折、大きな泡が湧き出していた。その池のそばには、巨大な墓地があった。そう、ここは、泣く子も黙るゾンビ部屋だった。「悪い子はゾンビ部屋へ連れて行きますよ」との一言で、ピーチクパーチクさえずっていた子供たちが、黒板を見た。
一人のおっさんと一人の少年が、怖がる様子もなく、平気な顔で歩いていた。ヨパラの肌には張りがあり、少し黒いが健康そうな顔つきをしており、身体もがっしりとしていた。それに比べて、インフィは小さく、細身で、深く濃いエメラルド色の瞳を輝かせていた。
神に仕える道を歩むのかと思われたインフィであったが、再び、あの感情に呑まれていくようになっていた。何かが満たされると、別の何かがむくむくと首をもたげてくるのかもしれない。
「少しは怖がれ。まったく、可愛げのないガキだな」
「うわっ、魔物だ!いっぱい出てきた!早く、行こう!」
日頃、インフィに振り回されている意趣返しのつもりで、何も言わずここへ連れて来たのに、逆に目を輝かせるインフィに呆れていた。
ここはレベル12の魔物が多く、インフィには最適な大間である。魔物からは毒消しなどの状態異常系の薬の素材が取れる。金策としても悪くはないが、この雰囲気や魔物の見た目が苦手な者も多く、ここも不人気部屋であった。得てして、逞しく屈強な者ほど、幽霊の類は苦手だったりする。
魔物討伐には、虫で経験を積み、獣で金を稼ぎ、ゾンビはその中間にあたるという位置づけである。
二人が墓地に足を踏み入れると、まるで映画のようにゾンビが墓の蓋を開け、這い出てきた。
それは、ゾンビラー。レベル12の魔物だ。ゾンビラーは動きも遅く、表皮も堅くはないのだが、とにかく生命力が厄介な魔物である。少々の傷では魔元素の光の粒には還らない。ゴキブラーのような急所もなく、肩から上を切断するか、体の半分以上に損傷を与えなければ倒せない。ゾンビラーも、それを防ぐために体を大きく揺らし、両腕で首を守りながら戦う。
インフィに、一匹のゾンビラーが迫ってくる。インフィは、いつもの真源の構えで迎え撃った。ゾンビラーの不規則で大きな体の揺らしに、一拍子の動きで合わせる。
ゾンビラーが大きく体を揺らし、さらに大きく腕を振り、インフィに襲いかかる。インフィが一拍子で地を蹴り、宙を舞うと同時に、スパッという音すら立たぬほど鋭い切り口が肩の上に走り、その上の物が転げ落ちた。
ゾンビとはいえ、その姿は人と変わらぬ体つきだ。そんな相手にさえ、まるで迷いなく斬りかかる――それがインフィの戦い方だった。
ヨパラは、丸盾で魔物の動きを牽制しながら、錆の落ちた長剣を片手で力強く振り下ろしていた。こちらは一刀とはいかず、何度も斬りつけてようやく倒していた。
何度も剣を浴びせられたゾンビの体から、手足がばらばらと崩れ落ちる。
まともに見ていられないほどの惨状だった。
「よし、もうここは十分だ。次に行くぞ」
インフィは一切の怯えも見せず、淡々と斬り落とされた首が地に転がっていく。その光景を見ていると、哀れに思えてくるのは、むしろ斬られる側――ゾンビの方だった。
むしろヨパラの方が、この悍ましい狩りに音を上げそうになっていた。
まだ狩り足りなさそうなインフィを、ヨパラは無理やり引きずって連れていく。




