第二話 法師陰陽師
明くる日、三ノ宮は物忌みのため屋敷にいなければならず、そこかしこに書物や巻物を広げてみても気が滅入っていた。
そうしている間にも「あぁ、この話は面白いね」などと大君と話した会話の端々が寄せては返し胸が詰まるばかりであったためだ。
その時ふと、家人の声がして意識が現実へと戻る。
「保明親王、お客人がいらしています」
「今は物忌みだ、仔細を話しお断りせよ」
「はい、そのようにお伝えしたのですが、
何やら法師陰陽師でござりまして、急務であると申しております」
「法師陰陽師?」
夢の中で大君が言っていたことが思い出される。
もしや――、
「播磨国の蘆屋穂刈 と仰るお方でございます」
その男、蘆屋穂刈と名乗る者は法師陰陽師たらしく折れた烏帽子に使い古した簡素な水干を纏っていた。歳は三十を過ぎたころであろうか。
怪しげな形に似つかわしくない精鍛で几帳面そうな面持ちをしている。
「蘆屋穂刈と申します。
昨晩、夢見の中に貴人が現れこちらへ伺うようにと仰せでしたので参りました」
「わたしは物忌み中の身である。
このようなときは特に付け込む者もいるものだ。
そなたの言うことに偽りがないか、何か証左はあるか」
「証左になるかはわかりませぬが、その貴人は自分の屍を探してほしいと、
そのように泣き懇願しておりました」
「――」
「ふふ、その貴人は夢の中で”宮さまは堅実な方であるから疑うかもしれぬ”
とも申しておりましたな。
しかしそのような場合は――、望月の夜に交えし御髪をお使いください、
と、そのようにおっしゃっていました」
「……よもや、そこまで言われては信じるほかない、そなたに任せよう」
昨年の秋、二人肩を並べている時に悪戯に髪を切り取り結び目をつくり互いに持っていようと、そういうことになった。遊び心のまま三寸ほどたがいの髪を切り取り方結びしたものを双方持っていたのである。そして未だ寝所の奥深く秘めているものであり、誰も知ることのないことであった。
今そのことを眼前の穂刈が申すとは、もはや疑う気持ちなどすべて失せ提示されるまま進むしかない。
三ノ宮は事の仔細を穂刈に説明し、寝室から御髪を持ってくると、そっと蘆屋穂刈に手渡す。
「これがあれば、屍の居所を探れまするぞ」
穂刈は両手を胸で合わせ合掌すると右手の人差し指と中指を口元に当て呪を唱える。
すると御髪の一方、大君の御髪がふわりと空に浮かび、ふわりふわりと漂い始める。
「宮さま、この御髪が屍の元まで案内してくれましょうぞ」
三ノ宮は物忌みであるため本来は出歩けぬ身であるが、愛するためのため禁忌を犯すことを辞さず「うむ」と二つ返事で穂刈とともに邸を出ていく――。
***
ふわりふわりと漂う黒い御髪を牛買い童と牛車が追随していく。
ガタゴトと揺れる車の中では穂刈がおもむろに尋ねる。
「しかしながら、屍を探した後はどうなさるのですか」
「大君の望むままに手厚く弔ってやりたい」
「鬼が攫った屍が美しいままとお思いですか。
それとも惨い姿になっているのやも……
いや、むしろそのほうが残された者にとりましては
救われることかもしれませぬ」
「何が申したい」
「いえ、もしもの話でござりますが……
美しいままの屍を見つけたとして、平静のままでいられましょうか。
わたくしはそれが気がかりでなりませぬ」
「安心せよ。わたしは取り乱したりせぬ。
これ以上律令に背くようなことはせぬ」
すでに物忌みを離れ、こうして都の外れまで出歩いている三ノ宮は、己の言動に胸のすくむ思いである。
しかしここまで引くわけには行かぬ。
どうにかして、例え美しい大君の屍を見たとしても、自分の手で手厚く黄泉路への引導を渡してやらねばならないのだ。
牛車のガタゴトとした揺れがその心中をかき乱すようであった。
牛車はやがて北の船岡山の中腹に辿り着く。
「どうやら此処のようでござりますな」
日が高いうちに経ったのだが、すでに夕刻になっていた。
着いた先には、夕日を含んだように赤々と照らされた破れ寺があった。
都からさほど離れていないはずだが、人気もなく、かといって獣や鳥の声がするというわけでもない。
まるで何かがこの場所をうすらと結界で取り囲んでいるような異質な気配が、在る。
御髪はその石段の一丈ほど上空を漂いながら本堂の方で吸い込まれていく
それを追って二人は足音を立てないようにそっと闇の中へ足を踏み入れる。
「宮さま、本堂の中からなにやら鬼の気配を感じまする、お気をつけなされませ」
三ノ宮は「わかった」と小さく告げると、それを合図にしたように足音を立てぬよう静かに踏み進めていく。
穂刈が崩れかけた本堂の扉を押し開く。
本堂の中は、外の湿度のある空気とは異なり、どんよりと仄かに寒い空気が充満しており息苦しさを押し付けてくる。
そう広くもない堂の中を目を凝らし見回すと、ちょうど本尊が置かれるべき場所に、一層黒く佇む人影がある。
「そなたが大君の屍を奪いし鬼か」
穂刈は右手の二本指を口元にかけいつでも動けるよう身構えながら問いかける。
すると音もなくそのモノは振り返り、暗闇から血のように赤い目を光らせならがら、ぬぅっと姿を現していく。
その姿は紛れもなく探していた御人。
大君――、亜子姫であった。




