捌幕〜委員長と担任教師(前編)〜
翌日――入学初日とほとんど同じような朝を過ごして、俺たちは登校していた。
「確かに申し訳ない気持ちはあるんだけどさ、何がどうなって寝てる最中に上半身がはだけるんだよ。それって寝相が悪いからでいいのかよ」
セミリアはそっけない顔で目を逸らす。
「わからないわよ、私だって。目が覚めたら脱げているんだから」
「まあ、理由がわかんないなら文句を言ってもしょうがないか……」
ちなみに、ありがたいとは思っていない。
決して思っていない。
嘘だ。
ちょっとは思っていたりする。
「私の方でも、何かしらの対策はしてみるわ。今までは、どうせメイドに見られるだけだったから」
……それならあらかじめ言っておいてほしかったなぁ、ソフィアさんよ。
それにしても、二日連続で上半身の下着を見られたところで別に取り乱したりしないんだよな。ポーカーフェイスがすごいのか、俺に見られたところで何も思わないのか……多分後者だろうな。
まだ信頼が築かれるほどの関係性じゃない。つまり、俺は本気で魅力が無いのだろう。
悲しい……辛い……泣きたい……くそっ、俺は恋愛には興味がない人間なはずなんだけどな……。
気を取り直せないまま、俺は校門をくぐり、教室へと入った。
ほとんど人がいなかった。
「早く来すぎたみたいだな」
「ええ。まあ、じきにみんな来るわよ」
セミリアが席にポツンと座った。本でも読むのかと思ったら、スマホを取り出した。あまり操作に慣れているとは思えなかった。
ともかく、俺も席に着く。
隣の席の女子はすでに来ているようで、一枚の手紙のようなものを凝視していた。窓から差し込む日光を、丸メガネが反射していた。
「えーっと、これがこうで、それが……ああ、なるほど……」
勉強とも、また何か違うようである――もしかすると、筆記用具なしで勉学に勤しむタイプかもしれないが。
「何してんの?」
「うおっ!」
思わず俺が尋ねると、その女子は驚くあまりに席から転げ落ちた。
「……大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」
腰を押さえながら、彼女は座り直した。
「今、謎解きをやっていたの。近所の小学生から、挑戦状をもらってきたから」
「なぞなぞ?」
「そう。もうとっくに解き終わっちゃったところなんだけれど」
ニコリと笑って、手紙を俺の机の上に置いた。
「山本くんもやってみる?」
「いいぜ、暇だし――」
俺は手紙を机から拾い上げた。
「というか、普通に名前覚えてんだな……自己紹介したとはいえ、まだ入学二日目だぞ?」
「まあ、隣の席だし。私は風来弥生だよ」
「そうだったっけ」
人の名前を覚えるのって、苦手なんだよなぁ。
風来は円メガネをかけていて、髪は三つ編みだった。大人しいタイプかと思えば、意外と目力が強い。真面目っぽい――と思ったのは、単純に学校へ早くから来ているからであろう。
ともかく、俺は手紙の内容に目を通す。
『ABCの三つのドアがあり、その内一つが当たりだとする。最初にAのドアを選ぶと、Bのドアはハズレであるとだけ伝えられました。この場合、ドアを変えるべきでしょうか?』
最後まで読むと、一つ疑問が浮かんだ。
「小学生からこれもらったの……?」
「今回は多分、お兄さんの力を借りているわ。字は自分で書いてるみたいだけどね」
「だよな……これ、なんか聞いたことあるし」
「え、そうなの?」
「今はネット社会で、無駄な知識ばっかインプットされてくもんだからさ。なんだっけこれ。変えた方がいいってのは覚えてるんだけど」
「そうそう! 表を作って求めてみたんだけど、変更しないままだと当たる確率は三分の一で、変えれば三分の二になるの!」
「へぇ~」
表を作って求めたとは言いつつ、彼女は筆記用具を机の上に出していない。頭の中で求めたのであれば、とんでもない集中力である。
いや、ちょっと考えすぎか。
「最近、近くの小学校で探偵アニメが流行っているらしくて、よく挑戦状をもらうんだよね」
「へぇ……他には、どんな問題があるんだ?」
やはり、近い席とはいい関係を築いておきたい。そのために、こちらから譲歩する必要があるはずだ。仕方なく、俺はそう尋ねてみる。
すると、風来は楽しそうに難問だった謎解きを教えてくれた。
そんなことをしていると、チャイムが鳴った。同時に先生が、その音色をスターターピストルと聞き間違えたのではないかという勢いで、担任教師が入ってきた。
「みんな……おはよう!!」
そう、こいつが我ら一年三組の担任教師、燃えるジャージウーマンこと、松前愛子であった。
長い髪をポニーテールにしてまとめており、女子にはやたらと詳しい山田によると、若々しく元気な立ち居振る舞いは、教師一の人気なんだとか。
「今日は決め事の一日だぞ! 委員長に各委員会を決め終えたら、校舎前で写真撮影だ! みんな! 張り切っていくぞー!!」
体育祭とか、すげー楽しそうだな……。
「じゃあ、特にやることもないから、もうホームルーム終わりにするけど、連絡あるやつはいるかー!? ……いないなー! はいじゃあ号令!」
ホームルームが一分で終わった。
松前先生はズンズンと教室から出ていってしまう――どうでもいいが、出席をとっていない。
「あーいうポンコツなところも、なんかいいよな……」
ホームルームが終わってすぐ、俺の方を向くと山田がウットリして言った。
「そうかね……?」
こいつ、なんと今朝は梨本と一緒に教室へ入ってきたのである。まあ、昇降口でばったり会っただけらしいのだが。お前は梨本一筋ではなかったのか。そういう愚かな価値観が身を滅ぼすのではないか。
「でも、出席確認しないのは流石に教師としてマズイし、ちゃんとチェックしてるんじゃないか? 事前の連絡と、席の埋まり具合とかで」
「ああ、確かに。山本、やっぱ頭いいよな」
「お前がバカなだけだよ」




