漆幕〜まずは友達から〜
高校の廊下を渡る最中、こっそりと俺はセミリアに耳打ちをしておいた。
「同居してるのがバレたら色々ややこしいし、そこらへんは秘密にしといてくれよ」
「心得ています」
俺とセミリアは、梨本へ付き纏うように歩く山田の少し後ろを並走していた。前方から聞こえてくる会話で、絶望的なまでに脈がないことだけはわかった。
山田は積極的に話しかけているのだが、梨本は、こんなくだらない男に興味はない、とでも言わんばかりだった。
「無謀だよなぁ、やっぱあいつ……。完全にあしらわれてんじゃん」
「そんなことはありませんよ。まだ初対面ですからこんなものですが、少しずつ仲を深めていくものでしょう。ああやって挑戦する気持ちを、蔑ろにしてはならないと私は思いますがね」
セミリアは穏やかに笑ってそう言う。
なんと、意外に高評価だった。
我に返ってみれば、自分の気持ちに正直に行動することを、恋愛バカなんて言って苦笑している俺は、本当にどうしようもないやつなんだよな。
うわ、自分のヒエラルキーに気づいてしまった。
「ぐうの音も出ねぇや……」
挑戦する気持ちを、蔑ろにしてはならない――会心の一撃かと思えるほどに、その言葉が胸に突き刺さった。
このお嬢様は、やっぱ恋愛上手いんだろうな……中学生の頃も同年代の男たちをはべらせてさぁ……って、あれ?
「お前は、恋愛経験とかあんの? 昔は勉強や稽古で忙しかったとか言ってたけど」
「……実は、無いのよね」
「ああ、やっぱり?」
「実は、人を好きになったこと自体……全く」
セミリアは両人差し指をツンツンと合わせて、小さな声で続けた。
「なんだ、俺と同類じゃんか」
俺はせせら笑う――同類なのに。
安心から、ついうっかり嘲笑してしまった。
「いやぁ! 俺も全くないんだよなー! 恋愛とは全く無縁な人生を、ついつい送ってきちゃって、周りの友達とか知り合いがどんどん彼女作ったりしてく中で、流行についていけないおじいさんみたいな気分を味わってたんだよー! まさかのまさか! 同類がいたとはー! まさかのまさかのまさかだよ!!」
早口で捲し立てるようになってしまった。
「わはははははは! わはははははは!」
「…………」
ジト目で睨むお嬢様……ちょっとテンション上げすぎたっつーか、煽りすぎたな。
「……ごめんなさい」
「私まだ何も言ってないわよ」
「いや、なんか、さ。一応、さ。お前は忙しかったから、恋愛できなかったんだろうし……でも、俺はただただひたっすらに恋愛圏外だっただけなんだよ……。だから、この俺にゃ、お前を同類として見る権利がないんだよ」
俺は肩を縮こませ、ポトリポトリと言葉を落っことすように返した。
セミリアは俺の背中に手を伸ばし、トントンと叩く。
「あまり気を追わないですださい。私、これからたくさん恋愛しようと思ってるんですよ。だから、一緒に頑張りませんか?」
「いや……今でも、そんな興味ない」
「ガッカリですよあなたには」
失望されてしまった。
彼女はぐったりとため息をつく。
「あーあ。未来の彼氏があなただったら、面白い展開だと思ったんですが、その可能性は微塵もなさそうですね」
「バカ言うな。お前にゃ、もっといい男がいるだわさ。色んなやつと会って、自分のタイプを見つけていくべきだと思うぜ?」
「どうやったら見つかるのかしら、タイプって」
セミリアはぼんやりと空を見上げた。
空は確かに広大だが、男は流れてこないぞ……。
「誰かに恋愛感情を抱くために、私は何をすればいいのかしらね……」
「知らねぇよ。ただ、そういうのって、将来の夢と同じように、急にスッと思いついたりするもんだと思うぜ。今の内にどれだけ心配したところで、お前の容姿じゃ全部杞憂に終わるだろうしな」
「容姿……?」
「顔がいいだろ、お前」
「……そうかしら」
自覚してなかったのかよ……。
「自覚がなかったんなら、ちゃんと頭に入れておけよ、今日からな。自分は顔がいいってことを」
たたみかけると、セミリアは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう。
「あ……あまり、私をからかうものじゃありません」
「…………」
ダメだこいつ。
もしや、教室に入って女子に取り囲まれた意味を、理解していないというのか?
俺でも流石に察するぞ!?
「ついたぞ~!」
電車でしばらく進み、それから少し歩くと、前方から、山田の声が聞こえてきた。見てみれば、大きく手を振っていて、そのすぐ隣には梨本がいた。
少しだけ距離が離れていたので、俺とセミリアは小走りで追いつく――すると、そこにあったのは、いかにも渋さの光る、小さなカフェだった。
ここらへんはビル街のようだった。階数が二桁になるような建物に囲まれ、そのカフェの雰囲気はむしろ際立っていた。
「ほら、ここにポスター貼ってるだろ? 前々から食べようと思っててさ」
山田は照れくさそうに、頬をポリポリと人差し指でかいた。
「……お前とは、前々から仲良くなりたかったし……」
梨本をまっすぐ見て、そう続ける。
当の梨本は、万人受けしそうな笑顔を浮かべて「ありがとー」と答えるばかりで、山田の猛アプローチは届いていないようである。
というか多分、意図的に躱している。
「じゃ……じゃあ、早速パフェを堪能しようじゃねーか!」
それでも山田はめげない。カフェのドアを堂々と開けて、中に入って行った。
俺たちはそれに続く――
「いらっしゃい。なんだ、颯。友達を連れてくるなんて珍しいじゃねぇか」
待ち構えていたのは、強面の中年男性であった。
確かにどこか渋さのある店だと外観から、内装に至るまで感じたのだが、店主まで渋い必要はないだろう。
しっかりと引き締められた肉体は、そこまでサイズの大きくなさそうなエプロンをいじめていた。
かわいそうであった。
「あ、おう! 期間限定のパフェをみんなで食べにいこーぜって!」
「わかった。四つ用意してやるから、適当な席座って待っとけ」
言って、マスターは厨房へ引っ込んでいった。
俺たちは、そこまで広くない店内の端っこまで移動し、窓際のテーブル席に座った。山田と梨本――そして俺とセミリアが向かい合う形になった。
「パフェ楽しみ!」
梨本は、ソワソワと両手を広げたり閉じたりした。
店内には他の客がほとんどいないようで、ジャズの店内音楽も合わさり、落ち着くような雰囲気だった。
厨房にマスターが引っ込んで、二分くらい談笑していると、四人分のパフェが二つのお盆によって運ばれてきた。
「はいお待たせ。特製ソース入り、サラダパフェ四人分。味わって食えよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
梨本が甘党って話はどこに……?
届いたサラダパフェの味が普通に良かったことが、唯一の救いであった。
気まずい雰囲気になりながら淡々と食し、俺たちは店を出た。
「じゃ……じゃあ俺の家すぐ近くだから。また明日な!」
顔を引きつらせた笑顔のまま、山田は去っていった。
取り残されたのは、俺とセミリアと梨本。
「面白いやつだよな――あいつ」
と、とりあえず言ってみる。俺の方からも、梨本へ探りを入れようという魂胆だ。
脈があまり見えないからといって、見捨てるのもなんだか忍びない。
「梨本は、山田とどんなこと話してたんだ?」
「え?」
梨本は目を丸くする。
「まあ……。普通に、休日何してるのーとか、そんな雑談してたよ」
「そうなのか」
なんだ。
意外に話せてたじゃないか、あいつ。心配してなんだか損だぜ。
「会話が得意なんだな、梨本。それとも、山田と以前から話したことがあったのか?」
尋ねると、梨本は苦笑する。
「もう、それはお互い様でしょう? 山本くんとセミリアちゃん、本当にお似合いね。もう付き合っちゃえば?」
「変は冗談言うなよって……」
俺は肩をすくめた。
「まあ、友達だからね」
セミリアは対照的に胸を張った。友達だと言ってくれるのは嬉しいが、客観的に俺たち初対面のはずなんだけどな。
「友達――ね。そう言う意味では、もう私と山田くんは友達だね! 高校になって友達二人目!」
梨本はそう言って、嬉しそうにツインテールを両手でぐるぐる回した。感情がとてつもなく表れやすいタイプのようだった。
「そりゃよかったな。店の前で立ち話もなんだし、そろそろ帰るか」
「そうね!」
快活に返事をすると、梨本は走って数歩前に出たかと思えば、ぐるりと振り向いてくる。
「あと、全然関係ないんだけどさ――」
煌びやかな笑顔だった。
「ごめん! 山本くんとセミリアちゃんが一緒に住んでるってこと、さっき聞いちゃった! 誰にも言わないけど」
最後にそう言い残すと、駅まで帰り道が同じだというのに、彼女は俺とセミリアを置いて走り去ってしまうのだった。




