陸幕〜友達ができました〜
いきなり話しかけてきた前の席の男は、山田颯という、いかにも気安そうなやつだった。俺をサンドバックか何かだと思っているらしく、ベラベラと意味のわからないことを口にしていて、よく聞いてみれば、クラスの女子をランク付けするという男子として恐ろしく犯罪的な行為に手を染めているらしい。
「さっきお前が一緒に入ってきた女の子いただろ? あいつと梨本がトップツーかなぁ」
前者はおそらくセミリアのことだろう。
「へぇ、梨本ってのは誰なんだ?」
「ああ?」
訝しむような顔で、山田は眉を歪める。
「西中の大スター、梨本由香里を知らねぇのかよ。それでも人間のつもりか?」
知らないよ、そんなやつ。高校なんて元いた中学がバラバラなんだから、そういう話するもんじゃないだろうが。
それとなんだ人間のつもりかって……俺はいつだって人間だよ。
「西中のスター――と同時に、ツインテールの貴公子と呼ばれている……」
「なるほど、ツインテールなのか」
周りを見渡してみると、一人、ツインテールの女子が見つかった。もうさっそく梨本は友達を作っているらしく、楽しそうに談笑している。
スポーツタイプとはまた違うのだが、いかにも快活そうな感じで、まあ、確かに美人だとは思うが。
「この歳になってツインテールって、なんかキツくないか?」
つい思ったことをハッキリ口に出してしまった。確かに、特別な日に気合を入れて、奇抜な髪型にしてくる女子はいた気がする。それを俺は否定しないし、実際彼女のツインテールは、信じられないくらいに様になっている。
しかし、俺はあくまでも一般常識に囚われているので、それを珍しく思ってしまうわけだ。
「ちっちっち、わかってないなぁ。ツインテールであることに意味があんだよ」
ニヒルに笑って人差し指をフリフリと動かす山田。
「いや、ツインテールだけじゃないな、性格もいい。語彙力がないからどう伝えればいいのかわかんねぇんだけど――とにかく元気で、近づきやすいんだけど、その上でガードが硬いんだぁこいつ。遠からずも近くはない……そんな関係性を、楽しいと思わない男子はいない」
意味の分からないうんちくを話し出してしまう。言いたいことは理解できるけれど、どうしてここまで女子に夢中になるのかが不思議だった。
ツートップねぇ。
ん? ツートップ?
「はあ……。で、セミリアの方はどうなんだ? ようわからんけど、ツートップなんだっけ?」
「へ? セミリアって誰のこと?」
「あ、あーっと……」
そうだ。こいつからしてみれば、俺ってただ同時に入ってきただけなんだよな。セミリアとは他人だと思われているっぽい――まあ、出会ったのは昨日なわけだし、他人と言って間違いはないんだが。
「あ、外国人っぽいだろ? 黒板の座席表にそういう名前一つしかなかったしさ」
「なるほどぉ。頭いんだなお前」
「別に……」
山田は背筋を伸ばし、セミリアを――いや、それを取り囲む女子の群衆しか見えていなさそうだが、とにかく見やる。
セミリアは目をクルクルと回していて、申し訳ない思いが胸の中に溢れてきた。
「俺のタイプってわけじゃねーんだけども。あそこまで人の注目を集められるってのは、ツインテールの貴公子に勝るとも劣らない魅力があるはずなんだよ。まあ、小柄な子はあんまり好きじゃねーっつーか? 恋愛マスターの俺に言わせてみれば、お子ちゃまみたいだし」
山田の微笑に一瞬殺意が湧いた。偉そうに何を言っているんだか。
まあ、別に俺もセミリアがタイプってわけではないし。
だけど、わかってないなぁこいつ――と思ったものの、俺は指を左右に動かすダサい動きはしない。
「大衆にはわかる魅力が、お前にゃ理解できないってか。それでも恋愛マスターかよ」
「お、言うねぇ! もしやあいつに惚れたか?」
「惚れてないわい」
「口ではそう言いつつその実……」
こいつめんどくさ!!
「お前は梨本に優しくされて好きになっちゃうタイプかと予想してたんだがなあ」
「人に対して失礼なイメージを抱くんじゃないよ」
俺が顔をしかめていると、山田は虚ろな目でガクッと俯いた。
「まあ、それってつまり俺のことなんだけどさ」
「言ってて悲しくならんのか!!」
さて、それからすぐに入学式があった。
書いても書かなくても変わらないことは描写しない主義なので、割愛。
もちろん、新たな門出を表す重要な行事だとはわかっている。しかし、そんなもの新入生からしてみればただ座っているだけの時間なのだ。もっと重要なことはたくさんある。
続けて、青春アニメ定番の自己紹介シーンもカットだ。何も起こらなかったからである。
あのセミリアは無難な感じにできていた――あのメイド、色々とレクチャーしてやったのだろうか。昨日から日本知識があやふやだったし、また変な知識を埋め込んだりしないか心配だったけれども。
あと、山田と梨本くらいしかクラスに知っている人物がいなかった。
故に、何も話すことがなかった。
「山本、お前はセミリアのことが好きなんだろ? なら、ちょっと協力してくれやしねーか」
この日がそのまま終わってくれればよかったのだが、山田は終礼が終わって、帰ったら何をしようかなと俺が妄想を広げていると、コソコソと声をかけてきたのだ。
「俺は別にセミリアが好きってわけじゃねーんだけども……」
「はいはい、そういうのいいから」
軽くあしらわれた。
これじゃ恋愛バカというか、ただのバカじゃないか。
「あれを見てくれ……」
迫真の表情でピシリと指を差した先には、セミリアに話しかけている梨本の姿があった。美人同士は惹かれ合うものなのか、結構ムードがいい。
山田はニヤリと口角を歪ませる。
「さっきから話を聞いてたんだけど、これから一緒に帰るっぽいんだよあいつら! だから、ちょっと話しかけてご飯にでも誘おうぜ!」
「えー……」
セミリアと梨本が仲良くなってくれたのはいいことだが、なぜそんな面倒なことをしなければならないのだろう。俺はこんなやつとはいえ、一人友達ができただけでも今日が終わったような錯覚をしてしまったというのに。
俺の人間レベルの弱さがわかる。
「一人じゃナンパみてーじゃん?」
「二人でも同じだけどな……まあ、しょうがないなお前は。いいよ、それくらい」
「やれやれ系を気取るな」
「気取ってないし」
俺と山田は立ち上がり、そろそろ教室を出ようとしている二人を追いかける。
「あ、あのさ! 最近、俺の最寄駅の近くにカフェあんだけど、そこで期間限定のパフェが発売されてて、よかったら一緒に行かねーか!?」
立ち上がる寸前に聞いたけれど、梨本は甘い物好きらしく、それを利用した作戦とのこと。
山田の言葉に梨本は躊躇うような顔をした。この恋愛マスター(笑)の思惑が、なんとなくバレているように見えた。
「……いいよ! セミリアちゃんも、これから予定ないみたいだし!」
しかし、梨本はニッコリと笑って答えた。
遠からずも近くない――その言葉の意味をよく理解させられるような表情だと、俺は肩をすくめた。




