伍幕〜高校生活が始まるんだぜ!〜
起きた。
夢は見なかった。
「………あれ?」
ここはどこだと、咄嗟に俺の警戒センサーが作動し、二秒で消えた。旅行先のホテルで目を覚ました時の感覚と同じだった。
それにしても、体が軽い。寝具を変えると、睡眠の質もここまで変わるものなのか。感動を胸に、俺は体を起こした。
改めて、凄まじい部屋だった。昨日は豪華さに興奮を覚えたものの、心を落ち着かせてからもう一度見てみると、なんだか自分がいてはならないような場所に思えてしまう。
時刻は――七時十七分、無難な時間だった。
制服に着替え、部屋を出る。廊下を抜け、螺旋階段を踏み外さないよう一歩一歩降りて、踊り場を左に行くとダイニングルームがあるのだった。どこかの素直じゃない高校生が、親との最後の会話を描くのを渋ったために、紹介できなかったことだ。
中に入ると、メイドのソフィアは朝食の準備を進めているところだった。今更だが、髪は灰色でそこそこ癖っ毛である。
「おはようございます、山本様。寝心地はいかがでしたか?」
朝から機嫌が良さそうであった。
「そりゃもう最高でしたよ! 寝具を変えると、睡眠の質はここまで向上するものなんだって思いました!」
「よかったです。そんなことより、お嬢様を起こしてくれませんか? あの方は、朝に弱いですから」
「あ、はい。もう朝ごはんできてるんですか?」
「ちょうどです。タイミングがいいですね。数ヶ月前から知識を蓄えてきた日本料理を、実践するときなのです」
料理をすでに盛り付けている様子が見えた。この人の知識じゃ、ろくなものができないような……。
まあ、どちらにしろ美味しいに違いない。
「そうなんですか、ならすぐ起こしてくるのでちょっと待っててください」
「ええ。ああそう、寝相も悪いんです……殴られないようにお気をつけて」
「寝てる最中にではなくて!?」
俺はダイニングルームから踊り場へ戻り、螺旋階段を登る。
災難なことに、俺はセミリアの部屋がどこにあるのかを知らなかった。故に、全部屋のドアをしらみ潰しに開けることになってしまった。
クソ……部屋の場所くらい言って欲しいもんだ。
普通に、俺の隣だった。三階から行った俺がバカでした。
「……って、うぉ!?」
部屋のドアを開けて入ると、ベッドの上で仰向けになって寝ていたセミリア――布団は床に落ちてしまっている。
上半身が下着姿だった。
よく見てみれば、床に可愛らしいパジャマ(上)が布団と共に転がっているではないか。寝相が悪いというのは、どうやら本当らしい。
俺は一度、心を無の境地へと追いやった。
さて、どうやって起こしたもんか。
ベッドに近づいて、頭をポンポンこづいてみる。
「起きろー。朝だぞー」
「う~ん」
寝返りをしてしまい、背を向けられるような体勢になる。
「起きろ! 何があろうと朝日はやってくるんだってのを味わいなさい!」
「……起きました」
ボソリと声が聞こえてきた。
というわけで、俺は二歩ほど後退り、パジャマ(上。青の水玉模様)をセミリアめがけてポイっと投げる。流石にここでコントロールミスはなかった。
セミリアは上半身だけ起こすと、目を擦る。
「おはよう……」
「お、おはようございます!」
紫色のブラジャーだった。二分の一秒だけ目に納め、すぐに逸らす。
意外と胸はあった。
「誠にすみません……」
顔を薄く紅潮させたセミリアに対して、俺は土下座をする。
「別にいいわよ。私が悪いし」
頭を上げると、すでに彼女はパジャマ(上、サイズはブカブカだった)を着用していた。
「朝ごはんができたってさ。早く降りるぞ」
「……わかったわ。制服に着替えるから、先に降りていてちょうだい」
「おう」
朝食を済ませた俺たちは、ちょうどいい頃合いになったので家を出た。
最寄り駅から、電車へ乗り込む。
「それにしてもいい天気ね。入学日和だわ」
「入学日和ね――」
唐突なパワーワードだった。言いたいことはわかるけども。
セミリアは学校指定の、ニットベスト制服を着ていた。黒のベストがよく似合っている。首元には大きな赤いリボンがついている。
ちなみに俺は学ラン――まあ、誰も興味ないっしょ。
同じ制服を着た群衆もよく見られた。知ってる人物は少なかった。やたらと視線を感じるような気がする。
「まずは友達作りね。前々から話をして、私とあなたは同じクラスになるみたい。だから、お互いに頑張りましょう」
「しれっとすごいことしてるな……」
羨ましいな、クラス替え操れるなんて。これが金持ちの力かぁ。
セミリアはかなりの美人である。友達もサクッと作れてしまうだろうし、モテるだろう。
問題は俺だ。
「……友達なんて、いようがいまいが変わらないけどな」
せめてもの抵抗で、そんなことを呟いてみた。まあ、半分本心でもある。
「そんなことを言ってはいけませんよ」
セミリアは指を立てる。国語の教科書に出てきたルロイ修道士みたいだ――伝わってほしいとは思わないし、わからないなら勝手に調べてほしいけれども。
「高校生活は人生で一度きりです。今日で人生初めての友達を作るであろう私がいうのだから間違いありません」
「なんか反論しづらいな……」
まあ、高校生になってしまったわけだ。
友達がいない状態で許されるのは、義務教育までらしいし、努力するだけしてみてもいいだろう。
電車なら降りて駅の外――二分ほど歩いてすぐに高校へ着いた。
何せ駅近なので、周りは飲食店などが充実している。友達できれば、放課後はパラダイスなのだろう。
学校の校内に入り、クラスを確認する。本当に俺とセミリアは同じクラスだった。
周りが喜怒哀楽に溢れかえっている。元は同じ中学校で、仲がよかったやつらもかなりいるのだろう――俺はそんな相手いないのだが。
「行きましょう、未来の友人たちが待っていますよ」
セミリアは小走りで先に行ってしまう。
「無駄にカッコイイ言い方をすなって……ただでさえ緊張してるってのに」
一年生の教室は、学校の最上階だった。新入生に優しくない学校である。
廊下をスイスイと進むセミリアになんとか食らい付き、お目当ての一年三組の教室の中へ同時に入った。ごく普通の教室だった。
視線が一気にやってくる。その視線は、キラキラとしていた。
嫌な予感を察知し、足早に俺は横にそれる。壁を這うようにして移動した。そんな俺を見て、セミリアは目を丸くする。
同時だった――群衆(特に女子)が、セミリアを取り囲んだ。美人すぎる故の悲劇だった。男子はチラチラと見ていないふりをしていた。
黒板で席を確認し、座る。
「おい、スッゲー美人入ってきたぞ……」
すると前の席に座っていた男が話しかけてきた。
まさか、同居人なんだとは言えなかった。




