肆幕〜そういやメイドって初めてみるな〜
デート(?)が終わった後、俺は一度家に帰り、プチ引っ越しの準備を済ませた。
ジョニィだかなんだか知らないけど、明日からここには人が住むのである。だから、一応掃除をしてから家を出た。
両親も、すでに海外への準備を済ませたようだった。
そして今俺は――そしてセミリアは、城のロビーに立っていた。
「すごいな……」
「私もそう思うわ。日本は、もっと侘び寂びとしたイメージだったし、そういう暮らしも悪くはないと思っていたのだけれど」
「現代社会じゃ、侘び寂びも珍しいんだぜ……」
この辺りから十分くらい歩けば、たくさんあるんだけど。
メイドのソフィアが俺とセミリアを待ち構えていた。
「おかえりなさいませ。お風呂にいたしますか? ご飯にいたしますか? それとも、わ・た・し?」
「……………」
冷たい風が吹きそうな沈黙が走った。
「どうかしましたか?」
何事もなかったようにソフィアは首を傾げる。なんだろう――新手のギャグなのだろうか。
「日本で身内が帰って来た時は、こうやって迎えると聞いたのですが、もしかして違いましたか?」
「はい! 全くもって!」
「ああ、なるほど」
ソフィアは納得するように、手のひらに拳をポンっと乗せた。
「ご飯もお風呂も準備が終わっていなかった場合どうするのかと思いましたが、そもそもそういう文化はないのですね」
「それともわたし、に疑問を抱くべきでは……?」
「どういう意味です?」
「とぼけても無駄ですから!」
「はいはい、お部屋に案内しますから来てください。お嬢様はお好きに」
投げやりに言うと、背を向けて歩き始めてしまった。
俺は小走りでその後を追う。
ロビーの正面のドアの先には螺旋階段があり、二階へ上ると廊下が短くあった。豪華な城とはいっても、とんでもなく広いわけでもないらしい。
「セミリア様が元々住んでいたお城を完全再現するのは、不可能に近いですからね。あくまでも日本サイズです」
ソフィアは言った。
日本をバカにされているような気がしないでもなかったが、この人にはもう何を言っても無駄な気がした。
「部屋はこちらです」
ドアの前で立ち止まると、ポイっと鍵を投げた。
おいおい嘘だろ……鍵あんの? 何を想定してんの? ホテルじゃねぇんだからさ。
「……どうも」
「では、食事時になったらお呼びしますので」
ソフィアは速いテンポで螺旋階段の方へ戻って行ってしまう――倍速しているようだ。
「それから――」
数歩進んだところで立ち止まり、首だけで振り返る。
「セミリア様のこと、よろしくお願いしますね。あの方には、幸せになってもらいたいのです。そのためにはあなたの力が必ず必要です」
不意な言葉に俺は目を丸くしたが、すぐに答えた。
「はい! 任せてください!」
自信なんてものは全くなかった。俺だってそこまで幸せに生きているわけじゃない――不幸せってことはないが。
それでも、自信満々に(そのつもり)答えざるを得なかったのは、ソフィアの表情が少しだけ悲しさを帯びていたからだろう。
まっさらな水面に見えた、少しの波動――そんな何かを感じたからなのかもしれない。
ともかく、ソフィアは去って行った。
俺は鍵を使い、そのドアを開ける。
「……おお!」
まさに予想以上といった部屋だった。城内は赤を基調としたデザインになっていて、この部屋もそうだった。広さはそこまでじゃないものの、家具一つ一つがキラキラと輝いているようにさえ見える。
俺は持ってきた荷物をとりあえず床に置き、キングベッドにダイブした。
体がなくなったかのように錯覚するほどの柔らかさだ。明らかに人智を凌駕している。
すっかりテンションが上がってしまった俺は、部屋の中でテクテクと歩き回った。
期待はしていたけどまさかここまでとは!
母さんも父さんも海外行っちゃうって聞いた時は、腰を抜かしたし不安だったんだけど、あんまり寂しい日々を送らずにすみそうだし!
楽しい高校生活が始まりそうだっ!
「……いや、しかしだな……」
盛り上がっていた心を一度落ち着かせ、考えてみる。何度も言っているけれど、明日から俺の親は両方とも海外へ飛んでいってしまうわけだ。
あんまり浮かれているわけにもいかないだろ――朝早くに出てしまうらしいから、今のうちに何かしらの挨拶を済ませておかなければ……。
俺だって一端の子供として親へ感謝の気持ちを持っている。
部屋を出ると、城の外へ向かう。螺旋階段を降りて、ロビーに到達する。
「山本様、どうかなされました」
ソフィアとばったり遭遇した。
「親に最後の挨拶をしていなかったなって思ってさ」
「今日はみんなで夕食をいただく予定になっています。そろそろ二人が来られますよ」
「あ、そうなの……」
焦って走り出してしまったのがバカみたいだった。
その後、俺と両親とソフィア、そしてセミリアの五人で食卓を囲ったわけだが、気恥ずかしくてボソリとしか話せなかった俺を描写したくはないので割愛させていただく。
まあ、高校生ってそういうもんじゃん。
俺は両親をぎこちない笑顔で見送って、部屋に戻った。
「あれ、部屋に風呂あるんだ」
戻ってきてようやく気がついた。
さっきからずっと思ってはいたことだが、この部屋ホテルすぎる。城共有の大浴場があれば、もっと色んなイベントが期待できたのにな――とか、考えたりしたりしなかったり。
まあ、高校生ってそういうもんじゃん(二度目)。
特に大きなイベントもなく、そんな感じで、俺の長い長い入学式前日は終わりを迎えた。
* * *
「入りますよ、セミリア様」
メイドはいくつかノックして、部屋の中に入る。
セミリアは窓辺で、真っ暗に染まった空を黄昏るように眺めていた。
メイドは近くに寄る。
「よかったですね、高校入学を認めてもらえて。山本という彼も、いい人そうではありませんか」
「……そうね」
そう答えつつ、ニッコリと笑って見せる――そんな顔を、メイドは好きだった。他の何にも変えられない、世界にただ一つだけの花のように思えた。
「今度、またお母様と話してみますね。やっぱり、一年だけじゃ物足りないでしょう? 高校生活とは、本来三年あるものですから」
「……………」
セミリアは笑顔を枯らし、俯いた。
「……わかっているのよ」
「はい」
「わかっているのよ。私のわがままでお母様に迷惑をかけていることくらい――でも、だからってこれはないでしょう?」
「同感です。そこで、私に一つ案があるのです」
メイドはセミリアの耳にそっと口を近づけ、こしょこしょと話した。
「なっ……!?」
セミリアは目を見開く。
「なっ、なるほど……気は進まないけれど、状況が良い方向へ進むかもしれないわね。一応、考えてみるわ」
「無理強いはしません。私は死んでも、あなたを幸せにするため尽くします」
「……ちょっと重いわよ」
山本の知らぬ間に、何かが動き出そうとしていた。




