に〜するわけないだろどう考えたって〜
一つ幸いだったのは、セミリアがラブホテルの存在を知らなかったことである。
「大きなベッドね。少しゆっくりしていきましょう」
お嬢様は豪快にベッドへ飛び込んだ。
そしてもう一つ、年齢確認がなかったこと…………。まあ、フロントおばあちゃんだったし、察してくれたのかな、そんなことはしないが。
すなわち、俺たちはラブホテルで休憩をする次第となった。なあに、俺にはそもそも下心なんてものはない。ラブホテルに酔い、一夜の過ちを犯してしまえば、今後の関係は破綻してしまうからだ——いや、今は夜じゃないんだが。
カーテンを開くと、霧がかかって見えるほどの雨だった。
「この時期は雨が降ったり止んだりだからなぁ……」
しばらく降りそうだ。全く、天気予報が完璧じゃないのは知ってるが、嘘つきは嫌いなんだよ。
ともあれ、今はゆっくりするしかないか——と、セミリアの右隣のベッドに体を大の字にして寝転がる。すると、二つのベッドの間にある棚の上に目がいった。
俺はさりげなく、棚の上に置かれていたそれを掴み手で握りしめる。
何をとは言わんが…………。
何をとは言わないんだが…………。
「ん? 何があったの?」
「え、あー、うん、ティッシュ。前の人が置いてっちゃったぽくて——」
右手に力を込めつつ、それを近くのゴミ箱へ捨てた。
「ふーん。管理が行き届いていないのね。いい施設かと思えば、ちょっとガッカリだわ」
肩をすくめるお嬢様。
ごめんなさいホテルスタッフさん……部屋めっちゃ綺麗だぜ。
「……シャワーを浴びてくるわ」
セミリアは思い出すかのように立ち上がると、そそくさと歩いて行った。お嬢様としてのプライドなのかどうかは知らんが。
「おう、いってらっしゃい」
風呂場に何かあったら嫌だなぁ、でも、今のセミリアなら全てを前の人の忘れ物だと認識してくれそうな気もする。
「——さて」
俺も続けて立ち上がる。
現在、この部屋には俺一人——することは、ひとつだ。
「マジでごめんなホテルスタッフ……全部片付けるからなっ!」
セミリアが戻ってくる頃には、部屋はただのビジネスホテルへと変貌していた。
「これでよし」
小さく呟きつつ、ベッドに腰掛ける。
「……………………」
そんな俺の目に入ったのが、テレビのリモコン。あまり知識があるわけでもないが、ラブホテルのテレビからはアダルトなビデオが流れているというのは聞いたことがある……。
リモコンを手に取り、電源ボタンを押してみた。
「………………………………」
マジだった。
前の人がそういう動画を見ている時に電源を切ったのかどうかは知らないが、とにかくアダルトなビデオが映し出された。
まあ、俺も普通の男子高校生である。こういうものを全く嗜んだことがないわけでもない。だからまあ、なんてことはないのだが、問題はこの場所である。ただ見るだけじゃなく、実践を行う場であるわけだ。
いやでも想像してしまった……セミリアのあられもない姿………………。
「まあ、毎朝見てるといえば見てるんだが……」
あいつ、いまだに寝てる間にパジャマ脱ぐ癖改善されてないんだよなぁ、全く。
とにかく、である。俺があいつとそういうことをするのは全くあり得ないのだ。セミリアも嫌だろう、こんなやつが初めての相手ってのは。
…………………………ん?
あいつ……経験は、流石にないよな?
いやいや、ないよ。ないだろ。あるわけないだろ。あっちゃまずいだろ。あったら怖すぎるよ。
「上がったわよ、山本も入りなさい」
「うわはぁっ!」
唐突に扉から出てくるもので、俺は慌ててテレビの電源を消した。
セミリアは目を丸くした。
「あれ、部屋がちょっと変わってるような」
「あー、あれだよ。まあ、なんか…………まあ、俺もじゃ、入ってくるから」
何も言い訳が思い浮かばないまま、俺は脱衣所に向かうのだった。
ラブホのシャワーで体を洗い、ラブホの湯船に浸かってみたり…………。やばい、なんかすげぇ。ジャグジーじゃねぇか。ジャグジーの意味知らないんだけど。
それはさておき、疲れた上に雨で若干体が濡れていたので、休めて本当に良かった。洗濯は着替えも時間もないのでできないとはしても、あのまま帰るのは流石に骨が折れるというもの。
問題はお金だが、そこも問題はなかった。セミリアがお嬢様であることに頼ってしまうのもなんだか情けない——しかし、思えば遊園地行った時から手遅れなのだ。
しばらく浸かって、さてそろそろあがろうかというその時。
ドタドタと足音が聞こえてくる。
「ん、なんだ?」
バンっ!
いきなり浴槽のドアが開かれ、立っていたのは、とんでもなく動揺しているらしいセミリアだった。息を荒くし、目を大きく見開いてる。
「な……なんか! テレビに…………な、なんかわかんないのが……!!」
「は、一体何が——あー。あーね」
そうなったらまずいとは思ってたけど、やっぱりか。思いつつ湯船から出る。結構前まで俺に堂々と一緒に入ろうと言ってくる女だったし、男の裸体くらいどうってことないだろう——という判断だったのだが。
「あ…………あ………………」
セミリアは赤面していた。
俺は思う——マジか、と。
結論として、セミリアに経験はなかった。その上、知識もなかった。英才教育がなされていたとて、性知識は教えていなかったようだ。日本じゃ保健体育で中学からやるんだが……。
二つのベッドの上に正座して向かい合う。
「さっきまで伝えていなかったが、これはエッチなホテルだ」
単刀直入に俺は告げるしかなかった。
「な…………」
さっきからセミリアは冷静さを失っているようで、顔が真っ赤っかである。さっきまで、休憩できてだいぶ安心している様子だったし、その分ショックが大きかったのだろうか。
「それで、俺から言えるのはこれまでなんだが……まあ、俺とセミリアがエッチなことをするわけじゃないんだ。流石に恐れ多いにもほどがある。お前だって嫌だろ。このまま休憩して、雨が止んだら出よう——」
「山本」
「…………………………はい」
さらっと話してやり過ごそうとスマホを取り出したところだったが、一言で止められてしまう。
なんだ、何を言われるんだ?
ここに連れてきたのはお前じゃないのか?
「私は、そんなに嫌じゃない——わよ」
「は?」
「さっき、初めて男の裸を見たわ……恐ろしいほどに衝撃的だった。大したことはないとたかをくくっていたのかもね。私、もっと勉強すべきだと思った。だから——」
「冗談じゃねぇよ」
割と真面目な口調で俺は言った。
こうなってしまったからには説教モードである。衝撃でおかしくなっているお嬢様をどうにか止めなければ。
「……そんなことをしてしまったら、俺とお前の友情ってのはあり得なくなるんだぜ。そんなのは全くもって嫌だ」
「そ……そうよね。変なこと言ったわ、ごめんなさい」
クソ真面目に頭を下げるセミリア。
「もしするとしたら、俺たちが付き合うことになったりしたらだよ。まあ、あり得ないけどな」
「そうかしら? 意外とあり得るかもよ」
「バカ言うな」
俺はにははと笑って、ベッドから降りる。荷物を持って、玄関へと歩き出した。
「雨も止んだみたいだ。そろそろ行こうぜ。日が暮れちゃう」
「——そうね。いきましょう」
後日談。
大量のプレゼントを梨本に渡すことができたセミリアは、山田が同じブランドの商品をプレゼントしていたことを知る。
だから何かあったというわけではなく、空気が読めない山田とかいうクソ男に俺が嫌味を言っただけなのだった(理不尽)。




