いち〜japanese SHIBUYA!!〜
「誕生日プレゼントを買いに行く? ……誰のだ?」
「梨本さんのものよ。ほしいけど高いと嘆いていたブランドの化粧品があるらしいから、せっかくだし公式ショップまで出かけようと思うのよ」
6月中旬——なんだか寂しい話だが、体育祭前に感じていたやるせなさも謙虚になっていた。しかし、当の本人に何か話したわけでもなく、今までの関係性がそのままだった。
「誕生日……過ぎたぜ?」
梨本由香里の誕生日から、三日後のことだった。ちなみに俺は、ネットギフトでチョコモナカジャンボをあげた。普通に喜んでた。
あいつは、普通にいいやつである。
元ヤンであることを差し引いても普通にいいやつである。
「し……知ってるわよ」
嘘をつくんじゃないよ。
「いえ、本当よ。そもそも誕生日だったことを知ったのだって昨日のフライデーナイトだったもので——」
「金曜日の夜をフライデーナイトて…………」
なんだそのオシャレな言い方は…………。
「でも、そんなもんオンラインで買っちゃえばいいじゃん。今日、夏日もいいところだぜ?」
六月とはいえ今日は晴天だから、雨の心配はしなくてもよさそうではあるが。
俺の指摘にセミリアは微笑む。
「そういえば、二人でお出かけとか、しばらくしてなかったなぁって……」
「……………………」
こいつ………………!!
外に車が用意されているのかと思えば、そうではなかった。今回は、電車を使うようである。
そのショップは渋谷にあるらしい——休日の東京の混み具合にセミリアが耐えられるかは疑問だが。
「もちろん、山本と出かけたかった気持ちもあるわよ。それに、せっかく誕生日プレゼントをあげるなら、少しでも苦労したほうがなんだか感慨深いし。でも、一番の理由は、東京に行ってみたいっていう好奇心なのよね」
「東京ね——確かに、お前は行ったことはないか」
勉強の一環なのだろう。
俺を連れてきた理由はそこにあると考えるのが自然か。ソフィアあたりが、東京の街は一回でも見たほうがいいとか、そんなことを言ったのかもしれない。
なんであろうと、お出かけは嬉しいのだが。
前述した通り、今日は日が照りつける快晴だった。雲もほとんどないし、雨の心配はなさそうだ。その代わり、とんでもない暑さなのだが。
「こまめな水分補給を忘れるなよ。油断してるとぶっ倒れて死ぬからな。冗談でもなんでもなく」
「わかっているわ。体育祭の時に、よく思い知らされた」
思い出したのか、顔をしかめるお嬢様。
「確かにあの日も暑かったなぁ。どっちかというと、蒸し暑かったけどね」
「あんな中でも、委員長は健在な速さで走っていたわね。リレーの待機列で仰天した記憶があるわ」
「前日に熱出したはずなんだがなあいつ……」
委員長が万全だったら、全然優勝だったかもしれないな。今そんなこと言っても意味はないけど。
「セミリアだって相当速かったと思うけど?」
「そうかしら。私、あまり体力がある方ではないし——」
「風来委員長が筋力の鬼なら、お前はフォームの鬼だよ。美しさの鬼でもあるかもしれんな」
「いいや、美しさの鬼は梨本さんだと思うわよ」
「あ、確かに」
……よく考えてみれば、その三人すべてと友人関係な俺は何者って話になるわな。
俺の人生の誇り、なんかしょうもないな……。
というわけで、自宅の最寄りから乗り換え駅まで移動する。
ここまでくると、駅の構内からすでに人間がいっぱいだ。やっぱセミリアは人混みが苦手なようで、顔を青ざめさせていた。
「日曜だからそんなに混んではないと思うが、東京の電車は初めてだろ?」
「うん…………手、繋いでもいい?」
初めて習い事に連れてかれた幼児みたいになってらぁ。
「えぇ……」
こういうカップルみたいなことしてたら、後々、羽田のやつからブチギレられそうなものだが。
あいつ、今でもアピール頑張ってるのかね……。
「まあ、いいよ。そんくらい」
断るのも、なんだかな。
というわけで、俺とセミリアは手を繋いで電車に突入した。日曜日は東京の電車——普通に山手線なんだが、混んではいるもののやはり満員電車といえるほどではなかった。典型的な満員電車というのは、朝がメインなのだ。
俺はサラリーマンでもなんでもないから知らないけど。
「大丈夫か?」
「…………………………大丈夫」
「絶対大丈夫じゃないじゃんよ。顔が真っ青だぞ」
「うん……………………」
「どうする? 降りるか?」
「いや、降りない。もうちょっとで着くから…………」
と、そんな感じで、セミリアは参っていた。全身を俺の方へギュッと縮め、同化でもしたいんじゃないかという有様で、周りから見るとほぼバカップルだった。
俺は別に、セミリアの体の感触を、まじまじと見つめるかのように味わったわけではないのだが。やっぱり彼女はかなりの小柄である。
そこまで巨漢なわけじゃない俺の体でも、まるで包みこめてしまうようだった。
…………てか、これが満員電車だったら、モロに痴漢してる場面だな。それも結構濃厚なやつを。同人誌とかじゃないと見れないレベルのやつを。
セミリアにとっても俺にとっても、ぎゅうぎゅう詰めにならなくて本当によかった。
「次は~渋谷~渋谷~」
セミリアは地獄を味わうような顔をしながらも、どうにか乗り切った。
そうして、俺とお嬢様はスクランブル交差点の前に立つ。駅から出て早々、彼女が足を止めたのだ。
「これぞ日本の文化ね」
富士山の山頂に立った登山家に勝るとも劣らないほど、感慨深そうな顔だった。
信号が青に変わると同時に、クルクル募金箱に大量の小銭を入れたかのように、人が中心に集まりすれ違っていく——
俺がこの光景を見るのは、三回目になる。
初めては、中学2年生の頃——当時つるんでいたバスケ部の仲間たちとノリで、渋谷ハロウィンに行ってみたことがあった。その時は、まあ、地獄だったことを強く覚えている。だけど、最高の思い出だった。
二回目は、中学3年生の秋——受験期だった。何もかもが嫌になり、気分転換に東京へ遊びに行った時だった。バスケ部の連中とも特に話さなくなり、友達を作りたい欲も特になかった俺は孤独だった。
そんな俺は今、こんなお嬢様と一緒にこの場所に立っている。これは、どういうことだろうか。
「……文化ねぇ。日本人からすると、そんな感じしないわ」
「そうかしら? 外国人の、日本の行きたい場所ランキングの上位にランクインしているそうよ。こんなたくさんの人が行き交う光景、海外の人からしてみると珍しいんだとか」
「なんか……他人事だな」
「私はずっと城と学校の往復だったから」
「…………すまん」
「いいのよ。思い出したいことではないけれど、いつかは不自由な生活に戻ることになるんだからね」
「……………………」
そう言い放つセミリアは、どこか達観しているように見えた。だけれど俺は知っている。心の奥底で、お前が泣いていることくらい——うわ、今のすっげぇキザで嫌だなぁ。
「行きましょう、ちゃちゃっと買い物を済ませましょう」
いつのまにか、空は曇り始めていた。
「お前、買い過ぎじゃないの?」
「遅れちゃったもの。いっぱいあげないと示しがつかないわ」
「誕プレってそういうものなのかね…………」
もちろん、俺は物持ち係である。もしや、俺を連れてきた本当の理由はそれだったのか——なんつって。
とあるビルで開催されていたフェアにて、化粧品を色々と購入し、駅へ戻る場面だった。
空がいつのまにか灰色の雲に変わっていたので、急いで戻っていたのだが——すぐに降り始めてしまった。
六月の空は気まぐれだ。
「うわっ! なんかまずいことになってきたぞ……!!」
雨粒で体が痛むほどの嵐になってきてしまった。
そしてすぐに、雷が近くに落ちたりなど、とにかくヤバい。天気予報を見ても特に大丈夫そうだったもので、傘持ってきてない。
「流石にこれは危ないわ、近くの建物に逃げこみましょう!」
セミリアは俺の手をギュッと握ると、人混みの中だというのに走り出してしまう。
「なにか……安全そうなところ…………。できれば長居したいし…………」
「ちょっと! こんなところで走るなんてそれこそ危ないぞ!」
叫ぶが聞いてくれない。
「…………あっ! ここがいいわね!」
「おい! そこはダメだ!!」
セミリアが俺を案内したのは、とある建物だった。
休憩ができるという都合の良さと、建物の形状からセミリアの本能的な何かをくすぐったのかもしれない…………。
俺は、渋谷に2回来たことがあった。
1回目はみんなでカラオケに行った。
2回目は話題の韓国グルメのお店に行った。
そしてそんな俺は今、ラブホテルにいる——これは本当にどういうことだろう。
本当に、本当に、どういうことだろう。




